多汗症とは
多汗症の概念・分類・病理
多汗症の概念と分類
多汗症は、体温調節に必要な量を超えてエクリン汗腺からの発汗が亢進し、日常生活に支障をきたす疾患です1)。
多汗症は、発汗原因となる疾患・薬剤の有無や、発汗部位(局所・全身)によって分類されます2)。
- 細川 亙/坂井靖夫 編集:腋臭症・多汗症治療実践マニュアル
- 藤本智子他:日皮会誌. 125(7): 1379-1400, 2015(原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版)
原発性多汗症の病理と病因
原発性多汗症の病理は解明されていませんが、交感神経系※の活動亢進を伴う自律神経障害による疾患であることが示唆されています。また、原発性多汗症では、汗腺自体の機能障害はなく、病理組織学的検査においても汗腺の異常を認めないことが報告されています。
Schick CH. et al.: Thorac Surg Clin. 26(4): 389-393, 2016
※交感神経系の発汗への関与については「自律神経系の作用と発汗」「発汗のメカニズム」の項を参照
原発性多汗症の病因もまだ解明されてはいませんが、次の3つの病因が示唆されています。
示唆されている3つの病因
- 遺伝子的要因
多汗症に関連する病的な遺伝子座がある(例:染色体上の2q31.1、14q11/2-q13) - 交感神経節が大きく、神経節細胞が多い
加えて、多汗症患者では、多汗症ではない人に比べて交感神経節における軸索のミエリン鞘が太いなどの構造的・組織化学的変化が認められている - 交感神経節において、アセチルコリンとα‐7ニコチン性アセチルコリン受容体サブユニットが高発現している
Hashmonai M. et al.: Clin Auton Res. 27(6): 379-383, 2017
原発性局所多汗症とは
原発性局所多汗症の定義と診断基準
原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版では、「頭部・顔面、手掌、足底、腋窩に、温熱や精神的負荷の有無いかんに関わらず、日常生活に支障をきたす程の大量の発汗を生じる状態」を原発性局所多汗症と定義しています1)。
局所多汗症の診断基準として、Hornbergerらの診断基準が用いられています。Hornbergerらは、「局所的に過剰な発汗が明らかな原因がないまま6ヵ月以上認められ、以下の2項目以上があてはまる場合を多汗症と診断する」としています1、2)。
Hornbergerらの診断基準1、2)
局所的に過剰な発汗が明らかな原因がないまま6ヵ月以上認められ、以下の2項目以上があてはまる場合を多汗症と診断する
- ① 発症が25歳以下である
- ② 左右対称性に発汗がみられる
- ③ 睡眠中は発汗が止まっている
- ④ 週1回以上の多汗のエピソードがある
- ⑤ 家族歴がみられる
- ⑥ それらによって日常生活に支障をきたす
- 藤本智子他:日皮会誌. 125(7): 1379-1400, 2015(原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版)より改変
- Hornberger J. et al.: J Am Acad Dermatol. 51(2): 274-286, 2004
原発性局所多汗症患者の主訴
原発性局所多汗症の患者さんは、その症状により、日常生活におけるQOLや労働生産性が障害されています。
大嶋雄一郎:MB Derma. 220: 41-49, 2014
発汗について
汗腺の種類
汗は、体温調節をはじめとして、人体にとって重要な働きをしています。
汗を分泌する汗腺には、エクリン汗腺、アポクリン汗腺、アポエクリン汗腺があります。これらの汗腺のうち、多汗症に関わるものはエクリン汗腺です。
エクリン汗腺からの発汗は、アセチルコリン作動性神経の支配を受けています。多汗症では、このエクリン汗腺からの発汗が亢進しています。
参考:落合慈之 監修/五十嵐敦之 編集: 新版 皮膚科疾患ビジュアルブック, p298
- 汗腺は汗を体表面に分泌する外分泌腺である
- エクリン汗腺は体温調整・湿度保持を行っている
- エクリン汗腺は表皮に開口、アポクリン汗腺は毛包に開口する
落合慈之 監修/五十嵐敦之 編集: 新版 皮膚科疾患ビジュアルブック細川 亙/坂井靖夫 編集:腋臭症・多汗症治療実践マニュアル
「皮膚科の臨床」編集委員会 編:皮膚科の臨床. 2020年5月臨時増刊号: 付属器疾患 その疑問にお答えします!
エクリン汗腺 | アポクリン汗腺 | |
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分布 | ほぼ全身の皮膚(手掌足底、腋窩に最も多い) | 特定の部位(腋窩、外耳道、鼻翼、鼻前庭、乳輪、臍囲、外陰部) |
主な成分 | 大部分が水分 | 蛋白質や脂質などの有機成分を多く含む |
臭い | 無臭 | 無臭であるが、皮膚表面で細菌に分解され、臭気を帯びる |
神経支配 | アセチルコリン(交感神経) | アドレナリン |
発汗要因 | 温熱刺激、精神的刺激、味覚刺激 | 情緒刺激 |
アポエクリン汗腺 ※比較的新しい考え方で分類された汗腺であるため、情報が乏しい
- 分泌部はアポクリン汗腺のように太い部分と、エクリン汗腺のように細い部分から成り、汗管(導管)はエクリン汗腺と同様に皮膚表面に開口している
- 思春期以降の腋窩多汗症患者の腋窩に出現している
- アセチルコリン刺激により汗を分泌する
清水宏: あたらしい皮膚科学(第3版)
細川 亙/坂井靖夫 編集:腋臭症・多汗症治療実践マニュアル
「皮膚科の臨床」編集委員会 編:皮膚科の臨床. 2020年5月臨時増刊号: 付属器疾患 その疑問にお答えします!
エクリン汗腺からの発汗の種類
エクリン汗腺からの発汗には、温熱性発汗、精神性発汗、味覚性発汗があります。
発汗の種類 | 特徴 |
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温熱性発汗 |
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精神性発汗 |
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味覚性発汗 |
|
「皮膚科の臨床」編集委員会 編:皮膚科の臨床. 2020年5月臨時増刊号: 付属器疾患 その疑問にお答えします!より作表
自立神経系の作用と発汗
交感神経系と副交感神経系は互いに相反する役割を担っており、汗腺では、交感神経系の作用により発汗が促進されます。
基本的に、交感神経系の節後ニューロンは、ノルアドレナリンを神経伝達物質とするアドレナリン作動性神経ですが、例外として、汗腺はアセチルコリンを神経伝達物質とするコリン作動性神経です。抗コリン作用を有する薬剤は発汗を抑制しますが、同時に副交感神経を抑制し、他の器官では、散瞳(眼圧上昇)、血圧上昇、心拍数上昇、口渇、尿閉、便秘などが生じる可能性があります。
医療情報科学研究所 編集: 病気がみえるvol.7 脳・神経(第2版)
エクリン汗腺からの発汗メカニズム
視床下部からの命令が交感神経を介して伝達されると、神経終末部よりアセチルコリンが分泌されます。このアセチルコリンがエクリン汗腺側のムスカリン受容体サブタイプ3(M3)受容体に結合することで、発汗が起こります。