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maruho square 薬剤師がグングン楽しくなる医療コミュニケーション講座:ナラティブ・ベイスド・メディスン―患者さんの「物語」を知ることでケアが変わる―


  • 帝京平成大学薬学部 教授 井手口 直子 先生

はじめに.職能の拡大、創造できる薬剤師

薬剤師は今、「何でもできる」ポジションになりつつあります。もちろん医師は、医療においてリーダーシップと権限を持っていますが、医療の枠を超えて考えると、薬剤師ほどしなやかに、この時代の中で仕事を創造できる職業は希少であると言えます。
現在、わが国の治療の中心は薬物療法です。薬剤師は最先端の医療を行う病院の「薬が関わるところ」全てで職能を発揮できる段階まで来ています。また、地域包括ケアでは「健康サポートの拠点」である薬局で、地域生活者の健康増進や未病予防のために「かかりつけ薬剤師」として、情報提供および相談業務、さらに受診勧奨や在宅訪問を行う薬剤師が増えています(図1)。

図1:地域包括ケアシステムにおける薬局の位置
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地域包括ケアシステムにおける薬局の位置

MPラーニング資料

1.多職種連携―薬剤師がコミュニケーション力をアップすることで無敵になる!

これらの業務も、患者さんと、そして多職種と信頼を築き、いかに効果的な連携を行うかがキーと言ってよいでしょう。質の高い仕事をしようと思えば、私たちは図2で示す四つのポイントのコミュニケーションを「プロフェッショナルとして」行わなくてはなりません。つまり、薬剤師にとってコミュニケーション能力の向上は、限りなく自己の能力と可能性を高めることにつながるのです。

図2:ファーマシューティカルケアの実践プロセスで薬剤師が行うコミュニケ―ションのポイント
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ファーマシューティカルケアの実践プロセスで薬剤師が行うコミュニケ―ションのポイント

井手口先生よりご提供

2.ナラティブ・ベイスド・メディスンからナラティブ・ベイスド・ファーマシューティカルケアへ

ナラティブ(Narrative)とは、「患者の病と癒しにおける物語」です。患者さんにとって疾病は人生における大きな出来事であり、極めて主観的な世界であり、患者さんなりの解釈や生活からの連続性を持つものです。医療従事者が治療において、目の前の患者さんのナラティブを理解し、自らの持つEBM(Evidence-Based Medicine:根拠に基づく医療)に基づくナラティブ(見立て)と合わせ、より患者さんに有益なナラティブを新しく構築する過程をナラティブ・ベイスド・メディスン(Narrative-Based Medicine: NBM)と呼びます(図3)。

図3:ナラティブ・ベイスド・メディスン(NBM)
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ナラティブ・ベイスド・メディスン(NBM)

井手口先生よりご提供

3.NBMはそもそもいつ生まれたのか?

最初の書籍と言われる『Narrative Based Medicine』は、EBMの研究者である医師Trisha GreenhalghとBrian Hurwitzにより1998年に著され1)、その後、多くの書籍や論文が発表されています。重要なポイントは、「NBMはEBMの対立関係ではなく補完関係にある」ことです。アドヒアランスやコンコーダンスといった、「患者さんが医療従事者とパートナーシップを持ち、自己決定して治療に取り組むこと」が大きな意味を持つ昨今、NBMはその重要性を一層増していると言ってよいでしょう。

4.医療従事者が患者さんのナラティブを知るべき理由

では、私たちは患者さんのナラティブを知ろうとすることで何を学ぶのでしょうか。
ナラティブは、患者さんが自身の病を体験する主観的な世界からの言語形式であり、医療従事者が知ることで、患者さんとの間の共感と理解を促進し、そこに意味の構築を見出し、結果的に有益な分析の手がかりやアセスメントを提供する可能性があります。そして、薬物療法の過程においても、患者さんのマネジメントにおける全人的なアプローチを促進します。「語る患者さん」は医療従事者にとっても、印象深く忘れがたいもので、内省を強く促す教育的な意味もあります。
Trishaらは、ナラティブ自体が本質的に治療的、あるいは緩和的であると述べています。例えば、ある患者さんが「私は本当に無茶ばかりしていたから。何しろ稼ぎたかったし、仕事を取るためにお客さんと毎晩飲み歩いたし、体力もあったから自分はスーパーマンだと思い込んでいたのですよ、きっと。愚かですね。今、こんな病気になったのもしょうがない。少し休め、歳を考えろという天からの声なのでしょう」と語ったときは、自身の罹患についてナラティブを持つことで緩和し、疾病を受け入れようとしていると言えます。

【演習】以下の文章を読んで考えましょう!

Q1.ご両親のナラティブをどのように読み取りますか?

Q2.どのような態度でご両親と話したら、新しいストーリーを構築できるでしょうか?

2歳のS君は、重度のアトピー性皮膚炎です。両親はS君が夜中に搔きむしるのをどうしても止めず、そのために自分たちも寝不足で気がおかしくなりそうだと訴えました。薬剤師は、スキンケア、保湿、薬物療法が重要であること、1日2回入浴し、患部に保湿剤とステロイド外用薬を塗布するよう説明しました。しかし、両親の反応はよくありません。「4歳の上の子と生後間もない赤ちゃんもいて、そのような細かいスキンケアを行うのはとても無理です。それからステロイドって怖い副作用があるのではないでしょうか?」

5.NBMのポイント
―患者さんに「エンパワーメント」する機会を探す

両親のナラティブとしては、大きな疲弊感、指導通りにできない無力感、薬剤師の指導内容が自分たちの期待と異なる失望感が感じられます。そこで、新しいストーリーを構築するためには、「できない」ことを「やりなさい」というのではなく、「どういうことであればできますか?」という問いかけで、患者さん側に主導権(パワー)を譲ることが必要です。これを「エンパワーメント」といい、健康に関する行動で患者さんが自己決定できる事柄は、決めてもらう機会を設けて実行率を高めることで、アドヒアランスの向上に結びつくという考え方です。何をエンパワーメントするか(例えば食事や運動の工夫や選択、剤形の選択など)、私たちは常々考えているとよいでしょう。

参考文献:
  1. Greenhalgh T, Hurwitz B, eds. BMJ Books, London, 1998.
  2. 日経ドラッグインフォメーション(編), 井手口直子(監・著). 服薬指導のスキルが上がる 実践ファーマシューティカルコミュニケーション. 日経BP社. 2008.

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