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5.Bell麻痺、単純ヘルペス脳炎・髄膜炎、多形紅斑の診断と治療


    アドバイザー:
    • 愛知医科大学医学部 皮膚科学講座 教授 渡辺 大輔 先生

    単純ヘルペスウイルスが誘因となり生じる、Bell麻痺、単純ヘルペス脳炎・髄膜炎、多形紅斑の病態、診断、治療のポイントについて概説する。これらの疾患の発症頻度はそれほど高くないが、Bell麻痺、多形紅斑は患者のQOLに大きく影響し、単純ヘルペス脳炎・髄膜炎はときに致死的となるなど注意が必要である。早期診断と適切な治療が予後を左右するため、これらの疾患の特徴や診断・治療のポイントを理解しておくことは単純ヘルペスの治療上重要である。

    Bell麻痺

    顔面神経麻痺を生じる原因には外傷や中耳炎など様々なものがあるが、顔面神経麻痺の中で原因を特定できない特発性の末梢性顔面神経麻痺をBell麻痺という。Bell麻痺は末梢性顔面神経麻痺の約50%を占め、人口10万人あたりの年間の発症率は20~30人程度である。現在では顔面の膝神経節に潜伏感染した単純ヘルペスウイルス(Herpes simplex virus;HSV)1型(HSV-1)の再活性化が主な病因と考えられている。膝神経節でHSV-1が再活性化し、ウイルス性神経炎が生じると神経が腫脹する。顔面神経は長く狭い骨性の顔面神経管内に存在するため、神経の腫脹により顔面神経管内の圧が上昇すると神経が絞扼されて虚血が生じ、顔面神経麻痺に至ると考えられている(図1)。麻痺は通常一側性に発症する。

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    顔面神経麻痺

    Bell麻痺と鑑別を要する主な疾患は、水痘・帯状疱疹ウイルス(Varicella zoster virus;VZV)を病因とするHunt症候群である。一般的にBell麻痺の場合、麻痺の程度は軽く、約70%が自然治癒するのに対し、Hunt症候群は完全麻痺症例が多く、自然治癒率も約40%である。そのため、Hunt症候群を見逃さずに鑑別し、早期から適切な治療を開始することが重要である。

    Hunt症候群では耳介や口腔咽頭粘膜の帯状疱疹、めまい・難聴などの第8脳神経症状、顔面神経麻痺といった典型的な症状が認められれば診断は容易である。しかし、これらの症状が同時に揃わないことも多くあり、顔面神経麻痺が帯状疱疹より先行してあらわれたHunt症候群がBell麻痺と診断される場合もある。また、Bell麻痺と診断された患者の約10~20%は、帯状疱疹の皮疹がなく顔面神経麻痺だけを呈すHunt症候群、いわゆる無疱疹性帯状疱疹(Zoster sine herpete;ZSH)との報告があり注意を要する(図2)。

    Hunt症候群の確定診断にはペア血清を用いた抗VZV抗体価の測定が有用であるが、検査には時間を要する。なお、先述のように顔面神経麻痺に遅れて帯状疱疹の皮疹が出現する場合があるので、発症後2週間は帯状疱疹の有無を観察する。

    急性期の治療はBell麻痺、Hunt症候群ともに、炎症や浮腫の改善にステロイド、ウイルスの増殖抑制に抗ヘルペスウイルス薬注1)を早期に投与することが望ましい。Bell麻痺とHunt症候群では原因ウイルスが異なるので、抗ヘルペスウイルス薬の投与量も異なる。通常、Bell麻痺では抗ヘルペスウイルス薬を単純疱疹の用量で投与するが、耳痛が強く、発赤が認められる症例や高度の麻痺、味覚障害を伴う症例ではHunt症候群を疑い、抗ヘルペスウイルス薬を帯状疱疹の用量で投与する。いずれにせよ、Bell麻痺、Hunt症候群ともに麻痺の程度を適切に評価した上でステロイドや抗ヘルペスウイルス薬の投与量を決定する。そして、高度麻痺と判断した場合、麻痺発症から1週間前後に誘発筋電図検査(ENoG)をして、ENoG値によっては2週間以内に神経内圧を下げる目的で外科的に骨管を解放する必要がある(顔面神経減荷術)。また、軽症例であっても発症から数日間は麻痺が悪化する場合がある。以上の理由から、重症度に関わらずできるだけ早めに専門医へ紹介することが望ましい。

    注1)Bell麻痺に対しては承認外

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    顔面神経麻痺の分類

    単純ヘルペス脳炎・髄膜炎

    【 単純ヘルペス脳炎 】

    単純ヘルペス脳炎は、日本における最も頻度の高い重篤な散発性脳炎である。
    成人の単純ヘルペス脳炎は、三叉神経節などに潜伏感染したHSV-1が再活性化し、神経行性に中枢神経系へ達することで発症すると考えられている。口唇ヘルペスやカポジ水痘様発疹症などの症状の先行は少なく、またそれらとの関連性は明らかでない。側頭葉、大脳辺縁系が好発部位で壊死傾向が強いのが特徴である。急性期の臨床症状は、頭痛や悪心、嘔吐などの髄膜刺激症状、発熱、意識障害、痙攣などがあり、中でも意識障害は必ず認められる。意識障害が出現する前に側頭葉の障害による異常行動、幻覚などの精神症状がみられることがある。なお、再発は少ない。
    小児の単純ヘルペス脳炎はHSV-1の初感染により発症する例が多い。神経行性に中枢神経系へ達することで発症するメカニズムは成人と同様である。単純ヘルペス脳炎に乳幼児期のHSV-1初感染の顕性感染であるヘルペス性歯肉口内炎を合併することは稀である。成人の単純ヘルペス脳炎でみられる側頭葉・大脳辺縁系を示唆する神経症状はほとんどなく、小児のヘルペス脳炎を疑う特異的な症状もないため、他の脳炎との鑑別が困難である。急性期の臨床症状は発熱が高頻度でみられ、痙攣、意識障害を伴い、成人と比較して急速に意識障害が進行する症例が多いのが特徴である。約20~30%に再発を認める。
    新生児の単純ヘルペス脳炎はHSV2型(HSV-2)によっても起こり、その多くが産道感染である。HSVが血行性に中枢神経へ散布され発症すると考えられている。発熱、哺乳不良、活気の低下、痙攣などの非特異的症状が認められる。
    診断は臨床所見、髄液、脳波、CT、MRI、ウイルス学的検査などを参考に行う。早期診断には髄液を用いたPCR法が有用で、HSVのDNAが検出されれば確定診断となる。発症48時間~2週前後まで陽性率が高く、検査時期によっては偽陰性のこともある。また、髄液中のHSVのDNA量は微量であるため、感度のよいnested PCR法またはreal-time PCR法が使用されている。さらに、抗ヘルペスウイルス薬投与後は偽陰性となることが多いので、抗ヘルペスウイルス薬による治療開始前の髄液を用いて検査することが望ましい。
    本疾患は早期治療が予後を左右するため、単純ヘルペス脳炎を疑ったら直ちにアシクロビルを点滴静注する()。抗ヘルペスウイルス薬により本邦での致命率は10%以下に減少したものの(新生児ヘルペスの全身型は約10~20%)、依然として中等度以上の後遺症を残す症例が多い。

    表:単純ヘルペス脳炎の治療指針
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    顔面神経麻痺
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    単純ヘルペス脳炎2

    【 髄膜炎 】

    HSV-1、HSV-2のどちらもウイルス性髄膜炎の原因となるが、HSV-2によるものの方が多く、しばしば性器ヘルペスに引き続いて発症する。皮膚症状の発症から1週間以内に発熱が生じ、その後、髄膜刺激症状が出現する。HSV-2による性器ヘルペスに伴う髄膜炎は再発を繰り返すことが多い。

    治療はできるだけ早期にアシクロビルを点滴静注する。一般的に予後は良好である。

    多形紅斑

    多形紅斑は標的状あるいは虹彩状病変と呼ばれる、中央がやや陥凹、褐色調を呈する浮腫性紅斑が皮膚に出現し、しばしば粘膜病変を伴う。薬剤、感染症、膠原病などが誘因となり発症するが、感染症を誘因とするものはHSV感染症によるものが最も多く、ヘルペス関連多形紅斑(Herpes-associated erythema multiforme;HAEM)という(図3)。単純ヘルペスに罹患して1~2週間後に発症することが多いが、再発の度に発症する例もある。HAEMの皮疹からはウイルスは検出されないが、HSVのDNA断片は高率に検出される。最近の研究ではこのウイルスDNA断片は単純ヘルペス発症後にCD34+ランゲルハンス前駆細胞によって皮膚に運ばれ、抗原提示されることでウイルス特異的T細胞が動員され、免疫反応が生じ表皮細胞の壊死、炎症が起こるとされている。

    治療は通常2~3週間で自然治癒することが多いため、経過観察でもよいが、症状に応じてステロイド外用薬や経口抗ヒスタミン薬を投与する。再発性HAEMに対して皮疹出現後に抗ヘルペスウイルス薬を投与しても効果はない。抗ヘルペスウイルス薬注5)の長期投与により再発は抑制されるが、投与を中止すると再発する。

    注5)承認外

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    多形紅斑

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