maruho square 皮膚科クリニックの在宅医療奮闘記:皮膚科 在宅医療なぜするの
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- 小川皮フ科医院 院長 小川 純己 先生
1)皮膚科在宅医療の現状
この連載でも何回か取りあげたことがありますが、皮膚科の在宅医療参入数は決して多くはありません。特定の施設に依頼が集中している向きがあり、裾野の広がりが頭打ちになっているようです。皮膚科在宅医療のアンケートを見ると、実施施設数は十数年前と比べほとんど変わらず、年齢構成が上に10年分シフトしているだけです。新規参入がほとんど見られない現実があります。
在宅医療に参入しない、できない理由として、①時間がない、②経験がない、③やり方が分からない、という回答が多いのですが、実は、④やり甲斐を見いだせない、という方もいらっしゃるのではと思いました。誰だって貧乏くじは引きたくありません。たとえニーズがあったとしても、参入にデメリットしかないなら、新規参入は見送られるでしょう。今回は在宅医療のやり甲斐について考えてみました。
2)やり甲斐が生まれるまで
- ① 在宅医療のニーズ
まずはじめにニーズありきです。在宅医療は診療所や病院以外の施設で、医療活動を継続するのが大前提です。患者側のメリットは移動に伴う問題がクリアできることです。ADL[Activities(動作)of Daily Living(日常生活)]の低下した患者さんを生活の場以外の場所に連れて行くことは大変困難です。入院ともなれば、環境変化による認知症の進行も懸念事項の1つです。慣れ親しんだ自宅環境であれば認知症の経過も緩徐になる可能性があります。
在宅医療は医療施設のように物品、薬品、マンパワーが豊富にあるわけではありません。不測の事態に迅速に対応できるわけでもありません。あくまでも生活を第一に考えた場所で、継続した一定レベルの医療活動を提供します。そのためには生活を送っている住宅環境に合致した医療提供が必要です。できることには限界がありますが、集合知でより良い終の住処での生活を構築するのが目標です。医師と患者さん、家族、介護スタッフ、看護師、栄養士、ケアマネジャーが集合して知恵を出し合います。集合する場所は何処でも良いのですが、家族や介護スタッフは、病院・診療所よりご自宅の方が集合しやすいかもしれません。 - ② 初動効果
皮膚科の在宅担当医は、皮膚のトラブルに対して主治医や家族、訪問看護師、ケアマネジャーなどから依頼があり、診察が開始されます(第1回『皮膚科の在宅医療 ことはじめ』および第7回『皮膚科在宅診療の始まり』参照)。皮膚トラブルの解決が依頼内容です。
まずは医師が往診に行くことが重要です。それが患者さん、家族をはじめ、在宅医療に関わる人たちの安心につながります。トラブルに対して専門科(家)が動くということは、どんな分野でも安心に直結し、大きな喜びになります。もちろんリモートよりも対面が効果的です。顔を見て、人となりを知り、自分や家族に関わりを持つ人間を判断し、人は心の安寧を手に入れることができるのでしょう。 - ③ 診断と治療
次に診断です。訳の分からない状態のままだと、人間は恐怖に陥ります。怪奇現象が現象のままだと恐怖感だけが蔓延しますが、そこに名前が付いたり、あるいは言語化されたりすると、現象が切り取られ、対策を取るべき対象物に変わっていきます。名前の付いた妖怪は、行動半径やその生い立ちが語られ、弱点などの情報が付加されていきます。皮膚のトラブルも同じです。症状に病名を付けることで、共通認識が生まれ、チームでの対策が取りやすくなります。身体がかゆいという訴えから、湿疹なのか、白癬なのか、疥癬なのかを診断し、外用薬の選定や感染対策を構築するのは皮膚科医の役割です。
診断が確かなら治療効果も上がります。皮膚科では混合外用薬を使うことが多いですが、ステロイド薬と抗真菌薬と抗生剤と保湿剤を混合すれば、どんな皮膚トラブルにも効くのにと研修医のころ夢想していました。高齢者の利便性を考えると、混合外用薬は一定の意味を持っていますが、何でもありは相互作用と隣り合わせです。漢方の世界でも、混合生薬の品目が増えると切れが悪くなるのではないでしょうか。どちらにも有効な薬を足し算するのではなく、診断を付けてターゲットをはっきりさせた上で、狙い撃ちの治療戦略を立てるのが王道です。
皮膚科は病変が全て見えるところにあるので、治っているか否かはそれこそ一目瞭然です。誰が見ても治っているものは治っているし、そうでないものを白と言いくるめることはできません(シミとか皺の分野は別かもしれませんが・・・)。成果を得ることができれば、そこに信頼が生まれます。 - ④ マネジメント
在宅医療のマネジメントは1人で完結することはまずありません。本人だけでなく、家族、介護者、看護師、ケアマネジャーなど多人数、多職種を巻き込んでの事業になります。各方面の連絡、舵取り、調整が重要です。苦労も数多くあり、ときに行き違い、齟齬もあり得えますが、それらを乗り越えた達成感はまたひとしおです。
それらを通じて得られるものは果たして何でしょう。
3)在宅医療を通じて得られるもの
総務省の分類によると医療、福祉活動は全てサービス業です。目に見える「物」ではなく、目に見えない「サービス」を提供する業種です。作品や生産物を作り出しているわけではありません。医師が職人のように創造したものに矜恃を抱くのは、一部外科系を除き無理があります。
利用者の利便性あるいは特殊性のために、居宅ないし施設に医師が赴くのが往診、在宅医療です。限られた医療資源の持ち玉で、光量も不十分かもしれない環境下で、自分の頭脳と経験と技術を頼りに診療活動をします。数をこなすこともできず、効率的には振るわない往診、在宅医療です。さあ、何を目指しましょうか。
成果主義はどの世界でも有効でしょう。介入により一定の成果が得られれば、介入者、利用者とも一定の満足が得られます。成果とは、症状の改善ないし増悪回避、環境整備による介護者の負担軽減、病態解明による関係者の不安払拭などが挙げられます。ただし、これらは漠然とした概念です。ビジネスの世界なら成果を数値化することが求められます。医療活動の数値化はそもそも難しく、診療報酬の妥当性はよく分かりません。成果のベクトルを何とか読み出すなら、指標は感謝と笑顔になります。
青臭い話になってしまいますが、私が訪問診療を続けているのは利用者の笑顔が見たいからです。そういう先生方、多くないですか?
往診、訪問診療に来てもらうことに引け目を感じ、申し訳ない感が一杯だった利用者/家族が、ある瞬間から笑顔を伴った感謝をあらわにすることがあります。もちろん、通常外来や入院中にもそんな瞬間は訪れるのでしょうが、スタートがつらいところから始まる往診、訪問診療では、ベクトルが上向きになることでの喜びが大きい感じがします。
悪くなる芽を摘んでいき、なるべく平安な在宅生活を送れるようにするのが訪問診療の使命だとすると、皮膚科往診医に要請がかかる状況とは、その平安状態が破られていることを意味します。皮膚科の在宅医療でニーズに応え、初動により精神的安寧を、皮膚科的診断により起こっている「こと」の共有認識を、治療とマネジメントにより状況改善を達成できれば、利用者からも在宅医療関係者からも感謝の笑みを返して頂けます。喜びの感情を浮かべることはとても大事です。笑ってもらえればこちらもニッコリです。「ごめんなさい。こういうときどんな顔すればいいか分からないの」「笑えばいいと思うよ」(終幕)
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