maruho square:高齢・独居の終末期患者の最後の望みを叶えるために
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- 医療法人ザイタック ももたろう往診クリニック 理事長・院長 小森 栄作 先生
はじめに
2025年問題といわれる高齢者人口の激増もいよいよ来年という時期になった。
2010年から岡山市内で在宅医療専門クリニックとして診療を行っている当院において、高齢・独居で通院困難となって在宅訪問診療が開始となる患者さんの割合が増えてきていることを日々感じている。在宅医療に携わっている医療機関であればどこも事情は同じであり、また都市部・地方に限らず全国的な傾向であることは想像に難しくない。
当院では毎年、年間百数十名の在宅看取りに関わっているが、その中でも老衰や癌末期で、たとえ不自由であっても最後まで自宅で過ごしたいと希望する患者さんがあり、毎年数名は高齢・独居でありながら自宅での看取りとなっている。医師会の会合の場などで、外来+在宅診療の形で診療を行っている医師と話をしていると、「独居だと自宅看取りなんて無理でしょう」と言われてしまうことがある。そんなとき条件さえ合えば十分に可能であることを話すと、驚かれるとともにその詳細について興味を持って尋ねられることが何度かあった。
在宅診療の経験豊富な先生にとっては言わずもがなのことばかりかもしれないが、在宅療養を望む患者さんが1人でも多く希望を叶えられて望みの場所で最後を迎えられることを願って、看取りまでを見据えて高齢・独居患者の在宅診療を行うにあたり留意していることを本稿で共有したい。
高齢・独居で身寄りのない患者さんの在宅看取りにあたって気をつけていること
- 患者さんに関わる多職種との連携協力の強化:
連絡を密に取ることは当然であるが、できれば退院前カンファレンスやサービス担当者会議などの場を持ち、顔の見える(顔を知っている)関係としておきたい。患者宅の連絡ノートから最近ではグループウエアなどICTの利用まで、連絡方法を確認・共有しておく。
- 疼痛緩和は確実に:
癌末期では医療用麻薬の使用により確実に疼痛緩和が得られることは必須であるが、同居する介護者がいない点をどう解決するかが課題となる。経口内服が難しくなってきて貼付剤や坐薬への切り替えをする場合、誰がどのタイミングで実施するかを考慮し関係者で共有する必要がある。訪問者が容易に実施できることからPCA付モルヒネ持続皮下注射を選択する場合も多い。
- 点滴などの医療は最小限かつシンプルに:
患者さん本人の希望に沿うが、理解があれば点滴なしで飲めるだけ食べられるだけでみてゆくこともある。終末期で身体での水分栄養の利用ができなくなってきたうえに相対的に点滴が過剰となると喀痰増多となり、吸痰処置の負担が大きくなる。点滴が必須ではないことが理解されればケアは楽になり、また終末期の在宅療養は“医療”ではなく“介護・ケア”が中心となることが、関わるスタッフにも実感されるであろう。
- 「見守りの目」を増やすこと:
介護保険枠の問題があるためケアマネジャーとの相談になるが、訪問看護・ヘルパーなどで1日に2~3回誰かが訪問できる体制を作ることで患者さん本人も安心でき、情報共有が進めば支援するスタッフ全員で病状の変化に対応できる。癌末期や急性増悪による特別訪問看護指示により訪問看護が医療保険で介入できれば、介護保険枠に余裕ができ、ヘルパー訪問回数を増やして体制構築しやすい。定期巡回看護・介護のサービスが利用できれば、夜間の遅い時間帯にも対応できることが多く心強い。訪問薬剤師から訪問時の病状の急な悪化などについて報告を受けることもある。
また、近隣住人・町内会・友人などの協力者を探して見守りの目に加わってもらうことも有用であり、これらの人たちからの連絡で往診につながることも幾度かあった。 - 亡くなるときの最後の瞬間を見ていなくても良いことを支援者全員が理解すること:
介護する家族がいる場合には家族にしっかり説明することであるが、独居者の看取りの場合は支援に関わる者全員が理解し、呼吸停止を発見しても慌てて救急車を呼ばないで、訪問看護や在宅医に連絡するよう徹底しておく必要がある。他院のケースで、これら理解を徹底していたにもかかわらず、たまたま訪れた配食サービスの訪問者が呼吸停止を発見して救急要請し、結果、警察からの検死を受けることになった事例を聞いた。
- 手続き書類や住居の鍵について:
書類などはいずれ本人が書けなくなるため早いうちからの対処が必要になる。動けなくなれば訪問時に本人が玄関ドアの鍵を開け閉めすることができなくなるため、暗証番号で開閉可能なキーボックスの設置などで対応することも多い。
- 生活保護の場合:
行政担当者と連絡(ケアマネジャーに依頼することも多い)を取り、生活保護費の受け取りや金銭管理について、また亡くなったときの葬儀社の選定や死亡後の連絡・搬送について事前に確認しておく。夜間休日・週末に亡くなった場合に役所の担当者に連絡がつかないと困ることになるため、連絡がつくようにしておく、もしくはそのときに困ることがないように手順を決めて準備しておきたい。
- 本人の意思・意向を聞く:
次第に傾眠がちとなってゆく病状経過の中では、ある程度しっかり話ができるうちに聞いておかないと機会を逸してしまう。関わる支援者それぞれが聞いたタイミングで記録に残し、それを共有できるようにしたい。
身寄りのない高齢・独居患者では、それまでの人生の中で複雑な事情を抱えていることが多い。長年音信不通となっている家族・親族への連絡をためらう人もあるが、人生の最後に本当にそれで良いのか、今一度考え直してもらう機会があっても良いと思っている。 - 賃貸物件に居住している場合の大家さん対策:
10年程前のこと、患者さん本人が最後まで自宅で過ごしたいという意思を明確に表示され、関わる多職種スタッフもその意思を尊重して支援していた。患者さんの状態が次第に悪化して傾眠がちとなってきた頃に、どこからか話を聞きつけた賃貸アパートの大家さんが来て、救急車を呼んで勝手に病院へ搬送してしまい、本人の意向に反して数日後に病院で亡くなられるということがあった。所有物件で亡くなられると瑕疵物件となって次の入居者が入らないことを心配しての大家さんの強引なやり方であったと知って、後味の悪い思いが残った。この手痛い経験をしてからは患者さんの居住場所が自宅か賃貸住宅かにも注意を払うようになった。
なお、近年の不動産物件に関する法改正やガイドライン改訂により、『宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン』では自然死や病死、いわゆる「在宅ひとり死」は「告知義務が発生しない人の死」となっている。居住場所が賃貸住宅の場合はケアマネジャーに依頼して大家さんに連絡を取ってもらい、これらの事情を説明して事前に理解を得るようにしてもらっている。
「孤独死」か、「在宅ひとり死」か?
多職種の支援者によるサポートが提供されて住み慣れた自宅の環境で独居患者が亡くなるのは、果たして孤独死だろうか。たとえ亡くなる瞬間を誰も見ていなかったとしても、多職種の診療・看護・介護の輪の中で次第に病状が悪化して最後を迎えれば、おそらく半日も経たないうちに誰かが発見し、在宅医によって死亡診断がなされる。そして事前に相談されていれば予定通りに葬儀への手順が進められるであろう。それは孤独死ではなく「在宅ひとり死」として区別すべきであって、遺体の異臭で気づいて通報されて初めて発見され、検死・特殊清掃を経てその事実を次の入居者にも告知しなければならないといった、いわゆる孤独死となってしまうのとは根本的に異なると考えている。
おわりに
「こんな俺でも、みんな優しくしてくれるんだよね・・・」アルコール依存・肝硬変・肝臓癌の末期・生活保護・独居・身寄りなし・・・そんなキーワードが並ぶ患者さんが、亡くなる前にケアマネジャーにポロリと話していたという言葉を聞いて、良かったなと思ったことを思い出す。高齢・独居の患者さんに最後まで寄り添うことは、多職種の専門職スタッフの力を合わせた総力戦であり、多職種で関わる在宅医療・介護の醍醐味を感じられる貴重な経験となると確信している。はじめから無理だろうという先入観を持たずにチャレンジしてゆきたい。