maruho square 地域包括ケアと薬剤師:偶然のような1例を大切にする
-
- ファルメディコ株式会社 代表取締役社長/医師・医学博士 狹間 研至 先生
はじめに
「対物から対人」というフレーズが示された平成27年(2015年)の『患者のための薬局ビジョン』から8年あまりが経過しました。当初は、そんなものかなという感じだったこのフレーズも、何度も聞いていくうちに少しはなじんできましたが、実行できているケースがあるかというと結構心許ない感じもします。その一方で、令和元年(2019年)には、服用後のフォローが薬剤師の業務として『医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律』や『薬剤師法』に明記されました。
「対物から対人」というのは、決して薬という物の管理をおろそかにして良いというものではなく、薬の安全性や正確性を担保しながら、機械やICTの活用、非薬剤師スタッフ(薬局パートナー)との協働によってそれらの業務を効率化し、服用後のフォロー、薬学的アセスメント、医師へのフィードバックといった患者中心の業務へシフトしていこうというものです。
令和4年(2022年)の調剤報酬改定では「薬剤服用歴管理指導料」が「服薬管理指導料」に、「一包化加算」が「外来服薬支援料2」となり、医薬品の受け渡し時以外の薬剤師の関与が、調剤報酬上も評価されるようになりました。本稿執筆時点では明らかではありませんが、令和6年(2024年)の調剤報酬改定でも、この方向は堅持されるものと思われます。
患者中心への状況はこの数年で整ってきていると思いますが、なかなか進められないという方も多いのではないでしょうか。今回は、「対物から対人」へとシフトしていくための3つのステップをお示ししたいと思います。
一番ハードルの低い人から始める
「対物から対人」というのは、薬を渡して終わりではなく、その後もフォローするというものです。例えば、降圧薬が開始や変更になったときに、薬を渡して終わるのではなく、その後血圧が下がっているかを確認するといったものがその代表でしょう。もちろん、現在でも、血圧の薬を渡している方には、次回来局されたときに血圧の値を確認されていると思います。ただ、そうではなく、次回医師が診察する前にフォローするということが大切です。何をフォローするかというと、①医師の指示通りに服用できているか、②予想される効果は出ているか、③懸念される副作用は出ていないか、の3点になります。
薬剤師であれば降圧薬が開始されたり、変更されたときに、その効果がいつ頃から発現するかを予測することができるはずですので、ベストなタイミングに患者さんにヒアリングをすれば良いのです。そのときに、効果が出ていなければ、コンプライアンスが悪いことも考えなければなりません。一方、きちんと服用できていて、薬理作用が発揮されている時期なのに血圧が高すぎたり、低すぎたりする場合には、他の薬との相互作用が無いかも考える必要があるでしょう。さらに、想定される副作用が無いかをチェックしておくことも大切です。このように患者さんの状況をキャッチしたら、これらの薬学的アセスメントをまとめ、緊急性が高ければ直ちに、それほどでもなければ次回診察までに医師にフィードバックすることが、薬剤師の「対人業務」の主要な部分になると思います。
ここまで読んで、「こんな電話しても、〇〇さんには怒られるだけ」「こんなこと、〇〇先生にいっても却下されるだけ」といった思いが、具体的な患者さんや医師の顔のイメージとともに頭に浮かんでくるのではないでしょうか。もちろん、科学として取り組むのであれば、最困難事例をクリアできないといけませんから、この考え方は重要ですが、こういった取り組みは科学実験ではありません。このような事例を思い浮かべるのではなく、「ありがとう!」と喜んで頂ける患者さんや、「助かったよ!」と返事をいただける医師はいらっしゃらないでしょうか。まずはそういった方から、降圧薬なら「その後、血圧は?」、睡眠薬なら「その後、眠れていますか?」、緩下剤なら「その後、お通じの具合は?」というように聞いてみるのがお勧めです。一番ハードルの高い人からではなく、一番ハードルの低い患者さんや医師に対して、最初のアクションを起こしてみることが大切です。
上手くいった例からエッセンスを抜き出す
このような「やらせ」ではありませんが、「あの患者さん、あのドクターならできるよね」というような方に服用後のフォロー、アセスメント、フィードバックを行い、「ありがとう」「助かった」の反応をもらえるところまでこぎ着けたら、その上手くいった理由をよく考えてみることが大切です。電話やSNSで患者さんをフォローしたときに、なぜ喜んでくださったのか。得られた情報を薬学的知見に基づいて整理し、医師にフィードバックをしたら、なぜポジティブな反応が返ってきたのか。一つ一つの行動を振り返りながら、「結局、ここがポイントだったのではないか」というところを仮説としてでもよいので探すのです。
そもそも、0から1への経験ができれば、2例目にも取り組もうというように視野が広がっていきます。いつも思うのですが、0から1は大変です。1から2も大変ですが、3以上は同じになります。このように、症例を重ねていくと、徐々に「これが重要なんだ」という点が浮き彫りになってきます。自分なりにポイントが分かり、また、慣れてくると自信が持てます。そして、「連絡して当然」、「当たり前のようにフィードバック」という雰囲気が出てくると、フォローされたり、フィードバックされた方も、「あぁ、これが普通なんだ」という感覚になってきます。こうして症例を積み重ねていくことで、よりスムースかつ効果的に「対人業務」を行えるようになっていくと思います。
業務として行えるような仕組みを考える
今でも「対物業務」で手一杯で、業務そのものがオーバーフロー気味なのが現状という方も多いでしょう。そういったときに、「対人業務」をイベント的に時々行うということであればなんとかこなせるかもしれませんが、業務として取り組むとなると、時間・気力・体力が枯渇してしまうケースが多いようです。
しかしながら、経験を積むことで、どのタイミングでフォローするのか、そのときに得られた情報を薬学的にどう読み解くのか、そして、薬学的知見に基づくアセスメントをどのように医師にフィードバックするのかという全体像が見えてくるはずです。また、それらにどの程度の労力を割くことになるのかということも徐々に見えてくるはずです。
その上で、「対物業務」の効率化を進める際に、例えば、火曜日の午後はこの時間に充てるとか、フォローアップすべき患者さんのリストを作るとか、さらにはトレーシングレポートの出力と郵送やFAXなどの業務は、薬局パートナーに任せるといった仕組みを作ることが大切です。
最初から完璧に上手くいくわけではありませんが、試行錯誤を繰り返していくうちに、だんだんスムースにできるようになり、3カ月もすると完全に業務として根付くことになります。そこまでは気を抜かずに進めることが重要ではないかと思います。
おわりに(図)
このような取り組みのうち、最初の2つ目までのステップは、薬剤師一人の取り組みでなんとかなります。ただ、仕組みとして取り組む3つ目のステップは、やはり経営トップや薬局長の宣言が必要になります。「我が社(うちの薬局)は、対物から対人へのシフトを本格的に始める!」という組織としての決定があって初めて、仕組み作りとその実行が可能になっていきます。
「対物から対人」というフレーズを見ると何かモヤモヤしてしまう。そういった場合には、是非、今回の3つのステップを意識して頂ければと思います。