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maruho square 皮膚科クリニックの在宅医療奮闘記:疥癬ばなし 貴方ならどうする?


  • 小川皮フ科医院 院長 小川 純己 先生

はじめに

コロナ禍が一段落し、人の流れが戻るようになって、トコジラミ(南京虫)が話題になっています。得体の知れないかゆい皮疹は、やっかいな物です。在宅診療で問題になるのはヒゼンダニによる疥癬です。今回は施設における疥癬について取り上げます。

疥癬とは

疥癬とは、ヒト皮膚角質層に寄生するヒゼンダニの感染により発症し、ヒゼンダニの虫体、糞、脱皮殻などに対するアレルギー反応による皮膚病変とそう痒を主症状とする感染症です1)
疥癬のポイントは、かゆみが著しいことと、伝染することです。新型コロナウイルス感染症のように生命を脅かすわけではありませんし、他の重大な合併症を引き起こすわけでもありません。しかし、かゆみが強く発端者だけでなく、周囲の設備利用者、医療従事者にも感染するおそれがあるため、施設管理者の方が神経を使うことになります。居宅で疥癬が問題になることは多くありません。家族に同じ症状が拡散し、医療機関で疥癬と診断された場合、居宅での被介護者が発端であったというケースがままあります。問題は病院、介護老人保健施設、特別養護老人ホームなどの施設で疥癬が見つかった場合です。

疥癬の出発点

疥癬の鑑別疾患は、慢性湿疹、白癬、皮脂欠乏性湿疹、老人性皮膚そう痒症、接触皮膚炎、糖尿病や腎不全、肝不全によるそう痒などが挙げられます。なかには水疱形成をきたし、臨床像が水疱性類天疱瘡に類似する症例も報告されています。大抵はかゆくてなかなか治らない皮疹として、漠然と外用薬が続けられているケースが多いのではないでしょうか。きっかけは何かおかしい、と思うことです。「治らない」「周りに同じ症状が増えている」「施設従事者にも症状が出てきた」などが出発点になります。
かゆみの訴えの強いAさんが皮膚科を受診して疥癬と診断されたとします。スタッフとしては、今まで慢性湿疹、皮膚そう痒症としてフォローされていた利用者が全て怪しく見えてきます。そうこうするうちに、施設従事者もAさんの入浴介助をしてから腕がかゆくなってきたと声をあげ始めます。別の利用者Bさんにも陽性が出ると、施設管理者は色めき立ちます。「怪しい人はみんな検査してもらえっ!!」
利用者は移動が困難な方が多いです。一定数以上の利用者が医療機関を受診するとなると、スケジュール調整をはじめ、医師からの処方、感染対策指示などを施設が同時に管理することとなり、大変な負担が生じます。そこで往診の出番になります。施設に出張して、ダーモスコピーで皮疹を観察し、怪しい皮疹はピンセットで角質層を採取して5gの軟膏壷や滅菌スピッツに保存し、診療所でスライドグラスに移し替えて検鏡します。診察結果および対策については、リストにして書面(ファックスなど)で指示します。

施設での問題点 - 職員診察は往診不可

在宅医療(往診、訪問診療)の提供は、利用者の居住場所に限定されています。そこに住んでいない場合は、在宅医療不可となります。例えば、小規模多機能型居宅介護・看護小規模多機能型居宅介護では、患者さんが泊まりサービスを利用する日のみ訪問診療や往診の算定が可能です。通所日は算定不可となります。同様に、デイサービスは居住場所ではないため、往診も訪問診療も算定できません。
往診で施設を訪問する場合、施設利用者はそこに居住しているので、疥癬診療は在宅医療の対象となります。しかし、スタッフは施設に居住しているわけではありません。その場でスタッフの疥癬診療をしても、在宅医療としては算定不可です。診療所に来院してもらうか、配置医、産業医に相談するべき案件です。

疥癬の病型

通常疥癬と角化型疥癬(ノルウェー疥癬)に分類されます。通常疥癬では患者さんの半数でヒゼンダニの寄生数は5匹以下であるのに対し、角化型疥癬では寄生数が数百万匹単位となり、感染力が非常に強いです。教書での角化型疥癬は、ほぼ全身に蛎殻のように増殖した角質増殖が見られると記載されていますが、臨床の場では、過角化が掌蹠、指趾のみに限局している症例に遭遇することがあります。公益社団法人日本皮膚科学会『疥癬診療ガイドライン(第3版追補)』では、局所的に角化が認められる場合でも「中間型」の考えを導入せずに、広く「角化型疥癬」とすべきと明記されています2)。病型分類は、治療、感染対策に深く関わってきます。疥癬の治療および感染対策アルゴリズムを示します()。
白黒はっきりつけることは重要ですが、現場ではグレーという物が存在します。ステロイド薬を外用してもかゆみが治まらない掻破痕を伴う紅色丘疹で、何度検鏡しても虫体、卵とも陰性、疥癬流行の時期の前後から生じたかも分からず、湿疹とも疥癬とも診断がつかないことはよくあります。家族が他院で疥癬と診断されたという方が、四肢の痒疹を主訴に来院されます。疥癬患者の家族と寝食を共にしているため、感染の機会は多いと考えますが、検鏡陰性だと悩みます。

図. 疥癬の治療および感染対策アルゴリズム
記事/インライン画像
図. 疥癬の治療および感染対策アルゴリズム

(疥癬診療ガイドライン(第3版)を参考に作成)

疥癬の診断がついた後、イベルメクチンを1週おきに2回内服してもかゆみを伴う紅色丘疹が残存する症例では、治療抵抗性なのか、別の要因で皮疹が生じているのか、決めかねることがあります。こちらも何度検鏡しても陰性です。あるいは寄生虫妄想のように、蟻走感がずっと続くこともあります。

スタッフのケア

疥癬患者が増え続けると、スタッフが次々と音を上げます。利用者管理の手間が増え、日常業務が膨大になると疲労がどんどん積み重なっていきます。疲れは徐々に心を蝕んでいきます。見えない物に対する恐怖から、介護の機会=感染の機会と捉えてしまいます。
新型コロナ感染症では発熱や咳嗽などの典型的な自覚症状、あるいは抗原検査やPCR検査のような他覚的な証拠がありますが、疥癬ではありふれたかゆみと発疹で、検鏡やダーモスコピー以外では診断確定が困難です。そのため、患者さんの部屋に入っただけでかゆくなるなど、思い込みで罹患したような気分になってしまいます。「病は気から」を地で行っている感じです。それがエスカレートすると、生命を脅かす病気では決してないはずなのに、集団パニックを起こすことがあります。施設の日常業務が滞りなく遂行されるために、管理者は集団パニックを沈静化する必要があります。グレー症例に対する治療は意味があることと思われます。

問題点の洗い出し

患者さん、スタッフ、医師とそれぞれの立場で、疥癬に対する問題点を洗い出してみましょう。

  • 1)患者さん
    • 疥癬の症状→かゆい、夜間不眠
    • 治療と感染予防対策→行動制限、入浴の手間、認知症進行、薬の副作用

    疥癬自体で困ることは、実は少ないです。行動制限の方がつらいかもしれません。

  • 2)スタッフ
    • 対策の手間→環境整備、外用や入浴の介助、ゾーン分け、ガウンテクニック
    • 心身の異常→媒介恐怖、かゆみ、虫恐怖、ゴール不可視に対する不安、うつ

    対策による手間がかかり、心身症状を通して集団パニックに注意が必要です。

  • 3)医師
    • ガイドライン、EBM(evidence-based medicine)に則った診察、治療と予防対策指示、情報統括

    昔は疥癬の院内感染に対するマスコミ対応が大変だったようです。感染恐怖はあまりないと思われます。それよりもスタッフの離職による経営困難が重くのしかかってきます。
    スタッフへの対策としては、病気の性質を十分に理解してもらうことが必要です。通常疥癬と角化型疥癬の違い、潜伏期はあるものの通常疥癬に関しては、伝染力はそれほど強くないこと、角化型疥癬に対峙したときはしっかりした感染対策が必要であることなどを勉強会などを企画してスタッフ全員に周知します。精神的なケア、サポートは、産業医と相談する必要があるかもしれません。
    利用者やスタッフのグレーな症例に対しては、浅井の疥癬グレード分類3)が1つの指標になります。SG0が疥癬否定、SG4が通常疥癬、SG5が角化型疥癬とし、グレーゾーンをSG1~3と3段階に分類されています。特にSG3は、かなり疑わしいがヒゼンダニは検出されないというグレード設定で、疥癬治療を容認し、まずはイベルメクチン内服ないしフェノトリンローション外用、できれば個室隔離、リネン毎日交換、手袋着用という対策が推奨されています。なお、予防投与は保険では認められていません。
    スタッフの疑念を払うために、疥癬チェックの希望があるときは手間を惜しまず対応します。合わせて、しっかりと感染対策を行えば、簡単には伝染しないことを強調します。人権擁護の面からも、スタッフの手間の面からも、感染予防対策、特に隔離については最小限にしたいものです。

参考文献:
  1. 石井則久、ほか: 日皮会誌 125(11): 2023-2048, 2015
  2. 石井則久、ほか: 日皮会誌 128(13): 2791-2801, 2018
  3. 浅井俊弥: Visual Dermatol 19(12): 1251-1254, 2020

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