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maruho square:【連載 第1回】私の皮膚科診療を変えた足病医療の知恵


  • 医療法人社団青泉会 下北沢病院理事長 久道 勝也 先生

はじめに

皆さんこんにちは。下北沢病院(東京都世田谷区)の久道勝也です。私のいる下北沢病院は、足と歩行関連の疾患に特化した日本で初めての足と歩行の総合病院であり、アメリカ型の足病医療を診療の核とした病院です。これから3回にわたって足の診方についてお話をしていきます。まず第1回目の今回は総論として、そもそも足の医療とは何か。特にアメリカ型の足病医療とは何かをお話しします。さらには、足と歩行の専門医療がどのような理由で必要とされているかについてもご説明します。

人生最後の3階段

さて、皆さんは「人生最後の3階段」という言葉を聞いたことがあるでしょうか()。
これは高齢者が死に至る際に踏んでいく3つのステップのことです。まず「歩けなくなる」、次に適切に「排泄ができなくなる」、そして最後に「食べられなくなる」になり、最終的には死に至ります。特に先進国はおしなべて超高齢化社会となりつつありますから、ほとんどの高齢者がこのステップを踏んで死んでいく、老年医学では有名なセオリーです。皆さんの中にもご自身の親族を亡くした際などに思い当たる方もいるのではありませんか?こので特に注意して欲しいのは、階段を1段降りるごとに段差が大きくなっていくことです。現実には等比級数的に段差は増していきますから、描くのに到底このスペースでは足りません。ポイントは、1段降りると、昇り返すのは極めて困難な作業になるということです。だからこそ最初のステップである歩行をしっかり維持して、この階段を降りるのをできるだけ遅らせることが肝心です。

図. 人生最後の3階段とは
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図. 人生最後の3階段とは

歩行速度と寿命、健康寿命

足の健康と歩行の維持こそが人生を支える。足の老化が全身の老化につながる。それを表す大きな目安が歩行速度です。これから歩行速度が私たちの健康維持にどのような意味をもつのかについて少しお話しするのですが、その際、1つ頭に置いて欲しい数字があります。それは「秒速1m」という数字です。秒速1mは時速にすると3.6kmです。実は横断歩道の歩行者信号の青の時間は、秒速1mで渡りきることを前提に設計されています。つまり秒速1mの歩行速度を維持できないと、社会生活に支障をきたすわけです。もう1つ付け加えれば、よく不動産屋のチラシに書いてある駅まで○分、という記載は分速80m(秒速1.3m、時速4.8km)の歩行速度を前提にしています。
この歩行速度と寿命には、大きな相関があることが分かっています。65歳以上の男女約3万5千人を6~21年間追跡調査した研究があります1)。それによると秒速1.6m(時速5.8km)で歩く人の平均寿命は95歳以上であった。秒速0.8m(時速2.9km)で歩く人(先程の秒速1mを切っている人)は約80歳であった。秒速0.2m(時速0.7km)で歩く人(かなり歩くのが不自由になっている人)は74歳であった。歩行速度が速い人ほど生存率が高く、遅いと生存率が低いことが分かっています。
寿命との関係だけでなく、歩行速度は健康寿命にも相関があることが分かっています。30~55歳の女性約1万3千人を対象にして、調査開始時の歩行速度と9年後の歩行速度、そして70歳のときの健康寿命の達成率を調べた研究です2)。ここでいう健康寿命とはがんや糖尿病といった11の代表的な慢性疾患、加えてメンタルヘルス不調や認知症、運動障害の有無を考慮して指数化したものです。歩行がゆっくりの人(時速3.2km未満の人)を1とした場合、普通のスピード(時速3.2~4.8km未満)で歩く人は1.9倍、やや早歩き(時速4.8km以上:不動産屋のチラシの速度以上)で歩く人は2.7倍健康寿命の達成率が高かったという結果でした。すなわち歩行速度というのは、寿命そして健康寿命どちらにおいても、バイオマーカーとして有用だということになります。
現在、日本を含む先進国では寿命と健康寿命の格差が問題になっています。単純にいえば、寿命は延びたが寝たきり生活が長いというのでは長寿も喜べないという話です。寿命と健康寿命を近づけることは、増大する医療費や介護費用に苦しむ日本の経済にとっても、大きな意味をもちます。そして何より一人ひとりの人生の幸福と充実にとって大切なのです。

足病医療

健全な歩行を支えるのは足の健康ですが、これからご説明する足病医療(ポダイアトリー:podiatry)では、何もしなければ足の健康寿命は約50年だといわれています。人生100年時代といわれる現在、足の健康寿命が50年だといわれても、どうしたら良いんだという話です。
なにゆえ足の健康寿命がこんなに短いのか?私たちの足は全体重を支えて、歩行活動で1日数千回、人によっては1万回以上も地面に叩きつけられ、おまけに靴という硬い衣装を履いています。さらに心臓からも距離が遠く、血流的にも不利という過酷な環境にあります。過酷な環境にある部位だからこそ老化の兆候が最初に表れます。そのため50歳を過ぎるころから、同時多発的にさまざまな場所に足のトラブルが頻発してくるのです。50歳過ぎの足のトラブルは複合的で多領域にまたがります。皮膚、爪、脂肪、筋肉、血管、神経、骨などさまざまな部位に同時にいくつかのトラブルが起きていることが多いのです。しかし日本では、これらのトラブルはさまざまな診療科に分かれて扱われており、患者さんはどの診療科を受診すべきか迷うこともしばしばです。実際単一の診療科だけでは解決しないことも多いのです。足病医療では足を1つの臓器として捉えますのでさまざまな足のトラブルを一挙に解決できます。
私はアメリカに留学していたときに足病医療の存在を知り、超高齢化社会の先頭を走る日本にもこの医療が必要だと考えました。むしろ先進国レベルでみれば足病医療のない国の方が珍しいのです。例えばG7参加国において足病医がいない国は日本だけです。制度は国によって多少違うのですが、足病医(ポダイアトリスト:podiatrist)というのは欧米のどの国でも当たり前の存在です。足の健康の維持にはそれだけの意味とニーズがあるわけです。
一方で、足病医療とは具体的にはどのような診療科なのか。アメリカのデータを中心にみてみましょう。足病医は欧米に存在する足と歩行に関する総合医であり、足を1つの臓器としています。アメリカにはおよそ1万5千人の足病医が存在します。ちょうど歯の専門家である歯科医院と同じように日常に密着した、ごく当たり前の存在です。足に関するトラブルであれば皮膚、血管、骨、筋肉、神経、感染症など幅広く扱いワンストップで解決する診療科です。アメリカで足のトラブルの6~8割は地域の足病医が診ています。また足首以下の手術は足病院が行うのがスタンダードで、9割は足病医、残りの1割を整形外科医が行っているという報告もあります。また介護施設で足病医の介入により転倒リスクが3割近く減少したというデータもあるのです。

私はこの足病医療が日本にも必要だという思いを強くし、整形外科、糖尿病内科、皮膚科、血管外科、麻酔科などの各診療科から足の医療のスペシャリストたちを集めてアメリカ型足病医療の導入をコンセプトとして病院を創り上げました。それが私のいる下北沢病院です。日本には足病医療の正規な教育システムがないので、アメリカの足病医科大学と提携した院内の教育プログラムを使って院内スタッフの教育や研修を行っています。解剖から始まって歩行の力学、各領域のスペシャリストによる疾患の講義など、2年間で足病医療が一通り学べるようなプログラムです。また、アメリカの著名な足病医である3人の教授に顧問になってもらい、定期的にカンファレンスを行っています。下北沢病院開院以来8年で約15万人の足と歩行にトラブルを抱える患者さんを診てきました。
次回からそこから抽出した足の医療のエッセンスについて、特に皮膚科診療に役立つポイントに絞ってお話ししていくつもりです。楽しみにお待ちください。

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アジア唯一の足の総合病院下北沢病院

アジア唯一の足の総合病院下北沢病院

参考文献:
  1. Studenski S, et al: JAMA 305(1):50-58, 2011
  2. Sun Q, et al: Arch Intern Med 170(2):194-201, 2010

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