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maruho square:抗ヘルペスウイルス薬による脳症・腎症を防ぐ(後編)


    • 日本腎臓病薬物療法学会監事・I&H株式会社学術研修部 平田 純生 先生

    1.症例1)

    80歳代、女性、体重36kg

    • ヘルペスのため他院で腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬を常用量で1日3回、NSAIDsとともに開始。
      血清クレアチニン(SCr):0.7mg/dL、血清尿素窒素(BUN):9.8mg/dL
    • 投与4日目に急性腎障害(AKI:acute kidney injury)のため、紹介入院。SCr:6.2mg/dL、BUN:45.7mg/dL
      内服薬は全て中止。尿量減少。受け答えはできるが、傾眠傾向となりJCS-IIレベル。
    • 中止翌日、透析施行。終了後も意識レベルに大きな変化なし。
    • 中止3日後、2回目の透析施行。意思疎通可能になる。
    • 中止4日後、意識レベルは改善し「数日前のことは覚えています」、透析不要となり食事再開。SCr: 2.9mg/dLに改善。

    JCS : Japan Coma Scale

    実際にあった症例であるが、どこが問題点であったかを探っていきたい。筆者は下記の3点がポイントと考えた。

    • 小柄な高齢女性に常用量投与
    • 腎機能の評価:SCrは一見正常に見えるが、腎機能は加齢に伴い低下し、SCrの基質となる骨格筋量も加齢に伴い減少するため、SCrを基にした推算腎機能では評価しにくい
    • NSAIDsの併用
    • 1)小柄な高齢女性に常用量投与

      帯状疱疹は、過去に水痘に罹患した人が、体内に潜伏する水痘帯状疱疹ウイルス(varicella zoster virus:VZV)の再燃によって発症する疾患であり、成人の約9割がVZVに既感染であり、帯状疱疹の発症リスクを抱えているとされている。かつて帯状疱疹は免疫能の低下した高齢者が罹患者の多くを占めていたが、2014年10月より生後12~36カ月に至るまでの児を対象に水痘ワクチンの2回の定期接種が開始されたことによって、小児の水痘患者が周囲にいなくなった。これによって子育て世代の若年成年がVZVに曝露する機会が減少した結果、ブースト(追加免疫)効果が得られなくなることによる帯状疱疹の若年発症者が急増している2)。例えば体重80kg、45歳の男性が帯状疱疹に罹患したときに、腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬が効かないからといって常用量の2倍量を1日3回投与する医師はいないであろう。常用量で十分に効果があるはずだ。それならば体重が半分以下の36kgで80歳代女性に常用量投与が極めて危険なことかが分かるはずである。若年者と比べ全ての生理機能が低下し、特に腎機能が顕著に低下しているはずの後期高齢女性である。筋肉量が減少してSCrが低くなって、たとえeGFRを正常以上の100mL/min/1.73m2以上と過大に推算されたとしても、腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬の添付文書の投与量をご確認いただきたい。
      各腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬の『適正使用のお願い』にも「高齢者、腎障害のある患者又は腎機能の低下している患者では、過量投与により精神神経系の副作用があらわれやすいので、投与量の減量及び投与間隔を延長するなど慎重に投与してください。」といった旨が記載されている。また、アシクロビルの主要代謝物の9-carboxymethoxymethylguanine(CMMG)が蓄積することが精神神経症状の予測因子であったという報告もあり4)、本症例のように除去のため連日の血液透析が実施されると高額医療につながる。

    • 2)腎機能の評価

      80歳代女性でSCr0.7mg/dLでは標準化eGFRは58.4~60.2mL/min/1.73m2(薬物投与設計で使用すべき個別eGFRは本症例の身長を150cmと仮定すると42.1~43.4mL/min/1.73m2)、推算クレアチニンクリアランス(CCr)は31.0~46.4mL/minと推算される。添付文書上ではCCr別用量が記載されており、帯状疱疹の常用量(前号の表2を参照)より多い過量投与であることは明らかである。ただし本症例は36kgの体重であるため、筋肉量が減少していれば腎機能が過大評価されていることが危惧されるため、さらなる減量が必要かもしれない。小柄な高齢者の腎機能推算には24時間畜尿の実測CCrか日本腎臓病薬物療法学会ホームページの「eGFR・eCCrの計算」を利用して血清シスタチンCによる個別eGFRを用いられたい。

    • 3)NSAIDsの併用

      レニン-アンジオテンシン系(RAS)阻害薬や利尿薬、NSAIDsの三重攻撃(triple whammy)処方(図1)の一部の併用は脱水や腎虚血による糸球体濾過量(GFR)低下から、腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬やその代謝物の排泄も遅延し、血漿薬物濃度のさらなる上昇を伴う。さらに加齢に伴う腎機能低下、飲水量の減少、夏季の発汗によって尿量が減少すると容易に無尿・乏尿となって腎後性腎障害となり、水腎症をきたす。同時に腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬やその代謝物が尿中に排泄されないことから脳症も引き起こされる可能性がある。これらは高齢者が主に服用している薬物が原因で発症しやすい相互作用といえよう。さらに腎機能低下患者に腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬を過量投与するとネフロン数の減少した患者では尿細管で再吸収するトランスポータが容易に飽和してしまうため、遠位部尿細管内濃度はさらに上昇し、用量依存的に蓄積してしまい腎症・脳症などの副作用が発症しやすくなる。
      JADERデータベース(Japanese Adverse Drug Event Report database)を用いて腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬によるAKIのシグナルを評価するために報告オッズ比を比較したInabaら5)の報告によると、70歳以上の女性で腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬による腎症の発症オッズ比が高くなること、暑い夏の6月~9月の発症者数・発症率が高いこと、アセトアミノフェンとの併用ではAKIシグナルの増加は示されなかったが、NSAIDsやRAS阻害薬の併用で腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬によるAKIシグナルが増加することが観察された。このことから特に夏季の飲水励行は非常に重要である。
      腎後性腎障害は腎機能低下患者および高齢者への過量投与、飲水不足で起こりやすく、利尿薬、RAS阻害薬、NSAIDsのいわゆるtriple whammy処方と活性型ビタミンDなどの腎前性腎障害原因薬物の併用によっても起こりやすくなる。①triple whammy処方のうちNSAIDsは腎障害を速やかにかつ高頻度に発症しやすい、②NSAIDs投与患者への利尿薬またはRAS阻害薬の併用で腎障害が起こりやすい、③NSAIDs 6.5日>利尿薬 21日>RAS阻害薬 236日(中間値)の順に腎障害の早期かつ累積発症率が高いことから6)、triple whammy処方の中でNSAIDsは注意が必要である。そのため、痛みを抑えるためにはアセトアミノフェン、トラマドール塩酸塩などの適切な鎮痛薬を代用されたい。

    図1. Triple Whammy
    記事/インライン画像
    Triple Whammy

    2.腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬による腎症を防ぐために

    高齢者は口渇感を感じにくいこと、男性では前立腺肥大による夜間頻尿や腎機能低下があると尿濃縮障害による夜間多尿などにより、夕方以降の水分摂取を控える方が多い傾向にあり、高齢者では腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬による腎症が起こりやすくなる。それを防ぐためには特に暑い夏季には目覚め時、朝食時、10時、昼食時、15時、夕食時、風呂上がりなどに飲水するなど、500mLのペットボトル3本/日を目標に飲水励行を指導されたい。また予期せぬ下痢・嘔吐では水分だけではなく電解質も失われるため、経口補水液を飲む必要がある。これらの対策を取りにくい症例や腎機能不明患者には腎障害・脳症を起こしにくいアメナメビルの投与も検討していただきたい。
    腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬による腎症、脳症は死に至る超ハイリスク薬ではないが、透析を連日施行するなど入院が必要で、医療費が高額になる傾向にある。そのため先生方には腎機能が分からない場合に腎排泄型の薬物を投与するリスクを負わないでいただきたい。また薬剤師の先生方には、単に薬効と飲み方だけを説明するだけの薬剤師にならないでいただきたい。医師の専門としない薬物動態・相互作用、腎機能の評価法を知っているのが薬剤師なのだから。

    まとめ

    • 腎症やその後に起こる脳症を防ぐために、特に汗をかきやすい夏季には500mLのペットボトル3本/日を目標に飲水励行を指導されたい。
    • 腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬投与中の症例に腎前性腎障害原因薬物の併用はできるだけ避け、特にNSAIDsはAKI発症リスクが高いため、アセトアミノフェンかトラマドール塩酸塩などに変更されたい。
    • 腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬は添付文書に記載されている腎機能別用量を遵守するだけではなく、体格を考慮した減量も考慮されたい。
    • 活動度の低い高齢者では筋肉量が減少しているため、骨格筋由来のSCrを基にした腎機能の推算値は絶対値としては当てにならないことがある。
    • 腎機能の不明な高齢者、飲水不可能な高齢者には非腎排泄型抗ヘルペスウイルス薬のアメナメビルへの変更を考慮されたい。
    引用文献:
    1. 全日本民医連 副作用モニター情報〈415〉2014年5月19日
    2. 日本老年医学会/日本医療研究開発機構研究費・高齢者の薬物治療の安全性に関する研究研究班 高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015
    3. 帯状疱疹が若者に急増中!その理由とは:日経メディカル2020年10月7日
      https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/202010/567373.html
    4. Helldén A, et al.: Nephrol Dial Transplant 2003;18(6):1135-1141
    5. Inaba I, et al.: Front Pharmacol 2019;10:874
    6. Kunitsu Y, et al.: PLoS One 2022;17(2):e0263682

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