単純ヘルペスの概要
単純ヘルペスは,単純ヘルペスウイルス(HSV)の感染による疾患である。HSVは初感染の後に知覚神経節に潜伏感染し,しばしば再発する性質を持つ。初感染,再発,および基礎疾患のある患者に生じる病変の三者は同じウイルスによるものであるが,異なる臨床像をとり,治療も異なるので,それぞれ知っておく必要がある。
最も典型的な単純ヘルペスは,口唇や性器に生じる再発性単純ヘルペスで,ピリピリする痛みに続いて口唇や性器の皮膚,特に赤唇や小陰唇よりもやや皮膚側に小さな水疱をつくる。水疱は大きさのそろった単調なもので,上半身では中心臍窩(中央に少しくぼみがある)を伴う。1〜2週間の経過で自然治癒する。
一方,初感染は免疫のない個体に感染するので,様々な病変をつくる。小児では歯肉口内炎として,粘膜病変をつくり,特に角化歯肉(歯茎)のびらんが特徴的である。成人では皮膚,粘膜の水疱が広範囲にみられる場合がある。カポジ水痘様発疹症はヘルペス性湿疹とも呼ばれ,表皮に病変を伴う基礎疾患がある場合に広範囲にびらんを生じるものである。基礎疾患の大部分はアトピー性皮膚炎で,特に顔面に生じやすい。制御されていないアトピー性皮膚炎患者で本症を発症した場合,しばしばアトピー性皮膚炎の悪化と判断されて,ステロイドや他のアトピー性皮膚炎治療薬が増量・増強され,さらに悪化する場合がある。単純ヘルペスの特徴として,基礎疾患,急な発症,単調な病変を知っておく必要がある。
単純ヘルペスの診断と検査
単純ヘルペスは典型的な場合には診断は難しくないが,似たような臨床像を呈する疾患は,膿痂疹,痤瘡,口唇炎,口角炎などの接触皮膚炎,口内炎(ベーチェット病なども含む),カンジダ症,手足口病,など多数ある。また,臀部に生じる単純ヘルペスは帯状に分布し,帯状疱疹と鑑別しづらい場合もある。臨床診断が難しい場合は,検査を行う。ただし,内因性の再発が大部分である単純ヘルペスでは,一般的なウイルス感染症である麻疹やCOVID-19のように抗体価をもって診断することはできない。
抗体検査:単純ヘルペスもウイルス感染症であるので,初感染の場合はIgM抗体価が上昇している。1週間程度でIgGも陽転化するが,早期ではしばしば両者とも陰性であり,解釈に注意を要する。再発性の場合は,IgG抗体価は陽性,IgM抗体は陰性であるが,再発しても抗体価は大きく変動せず,一定の値をとるので,ペア血清では診断できない。IgG抗体価が陰性であれば再発性単純ヘルペスは否定的であるが,それ以外の点では治療決断にはあまり有用ではない。
抗原検査:HSVのウイルス粒子の表面にある蛋白に対するモノクローナル抗体を用いてHSVを検出する方法で,活動性の感染でウイルス粒子がある場合に有用である。スライドグラスに水疱底の擦過標本を作製して行う蛍光抗体法と,イムノクロマト法による迅速検査がある。迅速検査は10分で判定が可能で,日常診療には非常に有用である。
上記のほかに,DNAを検出するPCR法もあるが,現在のところ特殊な病態しか保険適用されていない。
単純ヘルペスの治療
単純ヘルペスの治療は抗ヘルペスウイルス薬の内服が基本となる。経口抗ヘルペスウイルス薬には核酸アナログ製剤,ヘリカーゼ・プライマーゼ阻害薬がある。また,飲み方には毎回処方を受ける通常の内服方法,patient initiated therapy(PIT),および再発抑制療法がある(表1)。
抗ヘルペスウイルス薬の種類
単純ヘルペスは一般に軽症の場合が多く,経口抗ヘルペスウイルス薬が治療に用いられることが多い。単純ヘルペスに保険適用されている抗ヘルペスウイルス薬には,表1のような種類がある。バラシクロビルはアシクロビルの,ファムシクロビルはペンシクロビルのプロドラッグであり,それぞれ活性体となり,三リン酸化されて効果を発揮する。このリン酸化においてHSVの酵素が用いられるため,HSVが感染していない細胞では不活性型のまま排出され,安全性が高いという利点がある。核酸アナログ製剤は腎排泄性で,腎機能低下者では排泄されず,血中濃度が高くなる点に注意する。
内服方法
単純ヘルペスに対しては,通常は抗ヘルペスウイルス薬を毎日一定量内服する。バラシクロビルでは1回500mgを1日2回,ファムシクロビルでは1回250mgを1日3回,経口投与する。
再発性単純ヘルペスの治癒までの時間を短縮するには,できる限り早期の内服が望ましい。患者の多くは先行する神経痛などの予兆を自覚できるので,その時点ですぐに内服すれば,治癒までの期間を短縮できる。そのためには手元に薬剤がないといけないので,事前に処方を受けて薬剤を手元に置いておき,予兆が現れたら内服するというPITが承認されている。PITが承認されているのは2薬剤で,ファムシクロビル(ファムビル®)とアメナメビル(アメナリーフ®)である。用法・用量は表1の通りである。いずれも予兆を自覚できる患者に限る。
性器ヘルペスでは,再発抑制療法が認められている。これはバラシクロビル1回500mgを1日1回経口投与することで再発を抑制する方法である。ほとんどの症例で他覚的な症状の発症を抑制することができる。
表1 内服による単純ヘルペスの治療法

Ⓐ②単純ヘルペスウイルスの迅速抗原検査
本症例は,アトピー性皮膚炎患者の顔面に播種したやや広範囲な再発性単純ヘルペスで,カポジ水痘様発疹症と考えられる。抗ヘルペスウイルス薬の治療を開始する根拠として,この病変がHSV感染によるものであることを迅速抗原検査により1回は確認しておく。本症は,皮疹が制御されていないアトピー性皮膚炎患者に生じやすく,また,JAK阻害薬や免疫抑制薬内服,タクロリムス軟膏外用時に,よりみられやすい。発症時に誤って皮膚炎の悪化ととらえられ,ステロイド外用が強化される場合があるので、注意が必要である。本患者は,抗ヘルペスウイルス薬で治療後,PITを行っている。
- 新常識
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HSVに対する抗体は, 高齢になるにつれて保有率が上昇するため,抗体検査は病変の診断には有用ではない。確定診断がされていないときは,一度は迅速抗原検査で確認することが望ましい。確定診断ができていて,再発を繰り返す場合は,PITも有用である。