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HZ・Sフォーラム報告 第1回 帯状疱疹の新たな治療選択:グリア細胞による神経障害性疼痛アロディニア誘導メカニズム


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    小泉 修一先生

    小泉 修一 先生
    山梨大学医学部 薬理学講座 教授

    はじめに

    近年、ミクログリアと神経障害性疼痛に関する多くの知見が積み上げられてきたが、それだけでは説明のつかない慢性痛は多い。今回は、グリア細胞の中でも重要なアストロサイトの活動亢進が、大脳皮質の一次体性感覚野(S1)の神経回路の異常な切り替えを起こし、神経障害性疼痛を誘導するという最近の知見を紹介する。

    カルシウムウェーブによるアストロサイトの情報伝達

    ヒトの脳におけるグリア細胞の数は神経細胞(ニューロン)の数をはるかに上回る。グリア細胞(図1左)にはアストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイトなどがある。グリア細胞は刺激により興奮性の程度が変化するだけでなく、炎症性までも変化させるといった多様性を持つため、さまざまな疾患に関与しており、現在最も注目されている細胞の1つである。

    図1:グリア細胞の変化
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    グリア細胞の変化

    従来は、ニューロンは活動電位を発生させるため興奮性の細胞、アストロサイトは活動電位を発生させないため非興奮性の細胞と考えられてきた。しかし、21世紀に入り、アストロサイトは化学伝達物質を介して周囲の細胞に情報伝達できる興奮性の細胞であることが明らかとなった。アストロサイトはアデノシン三リン酸(ATP)などの化学伝達物質を放出し、周囲のアストロサイトに発現するP2受容体を刺激する。これにより刺激を受けたアストロサイトの細胞内Ca2+濃度が上昇し、さらにATPが放出され、周囲のアストロサイトを刺激することで細胞内Ca2+濃度が上昇する、というカルシウムウェーブが生じる1)。このアストロサイトの情報伝達はアストロサイト間にとどまらず、ニューロンの情報伝達にも影響する。

    神経障害性疼痛とS1アストロサイトの関連性

    痛みは経過によって急性痛と慢性痛に分類される。急性痛は末梢神経の侵害受容器が刺激されることにより中枢まで伝わる痛みで、視床や大脳皮質にあるS1を介して情報が伝達され、痛みを感じる。効果的な鎮痛薬も多く、損傷部位の治癒とともに痛みはなくなる。一方、慢性痛は侵害受容器とは独立し、損傷部位の治癒後も痛みが残存する中枢性の痛みであり、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やオピオイドでも痛みを抑えられないことがある。慢性痛の治療はこれまで脊髄の伝達経路を中心に研究されていたが、我々は、より上位の中枢に注目して研究を行った。

    慢性痛の1つであるアロディニアは軽度の触刺激でも痛みを感じる感覚異常である。アロディニアの動物モデルであるSeltzerモデルマウスは、大腿上部にある坐骨神経の約3分の1を結紮する坐骨神経部分損傷(partial sciatic nerveligation;PSL)手術を施したマウスであり、フィラメントを手術側の後肢足蹠に押し付けると、逃避反応を示す。結紮約1週間後までは時間の経過とともに、より細いフィラメントで反応するように変化、つまり痛みの閾値の低下が認められ(痛みの形成期)、以降は低い閾値のまま推移する(痛みの慢性期)2)

    この時、マウスの脳内で何が起きているのかを調べるため、S1のニューロンを観察したところ、痛みの形成期ではシナプスの新生と消失が顕著に認められたが、痛みの慢性期では手術前と同程度の変化しか認められなかった2)図2)。

    図2:痛みの形成期におけるシナプスの再編
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    痛みの形成期におけるシナプスの再編

    S1アストロサイトと神経回路の関連性

    我々は種々の情報を記憶するとき、中枢で、その情報をそれぞれ異なる特定の神経回路にエンコードして保存している。この特定の神経回路をその記憶のエングラム(記憶痕跡)という。つまり、「触った」という触刺激は触覚回路を刺激し、叩かれて「痛い」という刺激は疼痛回路を刺激するといったように別の神経回路を経由すると考えられている(図3下)。

    図3:S1アストロサイトによる神経障害性疼痛発生機序
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    S1アストロサイトによる神経障害性疼痛発生機序

    Seltzerモデルマウスではシナプスの新生と消失が認められ、さらに、S1アストロサイトは細胞内Ca2+濃度上昇に伴う強い興奮性を示していた3)。アストロサイトに特異的な細胞内Ca2+放出チャネルであるイノシトール三リン酸受容体2型(IP3R2)を欠損させたマウスでは、痛みの減弱が認められた3)ことから、S1アストロサイトのCa2+がアロディニアの発生に関与することが示唆された。

    次に、アストロサイト由来のどの分子がシナプスの形成に関わるかを調べたところ、Ca2+濃度上昇に伴いS1でトロンボスポンジン-1(TSP-1)が上昇していた3)。TSP-1はCa2+チャネルのα2δ1サブユニットに作用してシナプスを形成することが報告されており4)α2δ1サブユニットを阻害することでシナプスの再編および神経障害性疼痛を抑制することが示唆された3)。さらに、アストロサイトの活動亢進を引き起こす物質を調べる目的で、SeltzerモデルマウスのS1の細胞外液性因子を回収した。手術後3日目から2週の間に手術側でグルタミン酸(Glu)が上昇しており、代謝型グルタミン酸受容体5型(mGluR5)依存的なTSP-1の上昇も確認された3)。なお、アストロサイト特異的mGluR5を欠損させたマウスにPSL手術を施してもS1でのシナプスの再編が認められず、アロディニアは生じなかったことから、S1アストロサイトでのmGluR5の発現上昇がアロディニアに関与することが明らかとなった5)

    まとめ

    今回発表した内容を図3にまとめる。通常、軽度の触刺激に対して応答する触覚回路と過剰刺激(疼痛刺激)に対して応答する疼痛回路は独立しているが、末梢神経を損傷させたSeltzerモデルマウスでは、S1アストロサイトのCa2+濃度上昇に伴う興奮によりTSP-1が放出され、α2δ1サブユニットに作用する。これによりシナプスが再編し、神経回路が異常な切り替えを起こして混線したことから、軽度の触刺激でも、疼痛回路を興奮させて疼痛として感知されたと考えられる。また、S1アストロサイト特異的なmGluR5の発現上昇がアストロサイトの活動亢進の要因となっているが、このような異常を来した状況下では、アストロサイトは反応性アストロサイトに変化していると言える(図1右)。

    帯状疱疹でも動物モデルと同様に、痛みの形成期にシナプスの再編が起こり、神経障害性疼痛に移行している可能性があると考えられる。従来の中枢性の鎮痛薬はニューロンを標的として開発されてきたが、今後は反応性アストロサイトに発現する特異的な分子を標的とすることで、治療ストラテジーの幅が広がるのではないかと考える。

    Discussion

    ■フロア今回のご発表はPHNの治療においては慢性痛になってからではなく慢性痛を予測してα2δ1サブユニット阻害剤(プレガバリンやガバペンチン)の投与を開始する必要性を示唆するものとの解釈でよろしいでしょうか。

    ■小泉帯状疱疹患者全員がPHNに移行するわけではないので難しいところかもしれませんが、急性期での治療介入は有用だと思います。

    ■川村実際の臨床でも神経障害性疼痛治療薬の投与開始時期を早めることでPHNの発生率が低下する6)とも言われていますので、投与開始時期を改めて検討してみる必要がありますね。

    ガバペンチンには帯状疱疹後神経痛への保険適用はない

    1. Koizumi S et al. Proc Natl Acad Sci U S A.100(19)11023(2003)
    2. Kim SK et al. J Neurosci.31(14)5477(2011)
    3. Kim SK et al. J Clin Invest.126(5)1983(2016)
    4. Eroglu C et al. Cell.139(2)380(2009)
    5. Danjo Y et al. J Pharmacol Sci.133(3 suppl)S157(2017)
    6. Bowsher D. J Pain Symptom Manage. 13(6)327(1997)

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