メインコンテンツに移動

maruho square:システムで捉える在宅医療


  • 医療法人社団 至髙会 たかせクリニック理事長 髙瀬 義昌 先生

はじめに

当院のある大田区は皆さんご存じの羽田空港があり、面積は23区で最も大きく、人口は73万人(2023年1月現在)と3番目に多い地域です。街は全国的に有名な高級住宅街がある一方で、昔ながらの商店街や町工場が多く存在し、地域性は多様です。高齢化率は22.6%(2023年1月現在)と全国平均と比較すると低いですが、高齢者のみの世帯や高齢単身世帯は増加傾向です。
当院は2004年に在宅医療を中心とするクリニックとして開業しました。患者宅を1軒1軒回りながら認知症者の増加を肌で感じ、老々介護はもちろん、認知症者が認知症者を介護する状況、認知症者のケアによって疲弊する家族や崩壊する家庭を目の当たりにしてきました。そしてこの20年間、地域における認知症ケアが重要な社会課題であると認識して取り組んできました。

家族全体を考える

在宅医療を行う上で切っても切り離せない視点が、患者さんと家族や地域との関係性です。私は小児科医として勤務していたころ家族療法を学び、その中で『システムズ・アプローチ』という考え方に出合いました。問題や症状そのものにアプローチするのではなく、家族を個々が互いに影響を与え合う1つの集合体(システム)として捉え、集合体全体から問題を解決していこうという考え方です。在宅医療でもまさにその視点が必要だと感じています。家庭の中でそれぞれが影響を与え合う中で、悪循環を招き、家族システムが機能不全に陥っている状態になると、最も感受性の高いもの、脆弱性を有するものに問題としての焦点が当たりやすくなります。しかし、システムとして捉えて改善していくことで家族にゆとりが生まれた結果、認知症者本人の行動・心理症状が改善することがあります。私たちが介入することで患者本人に過剰に集中した家族のエネルギーを少し緩和し、家族全体を整える。在宅医療にはそんな役割もあると考えています。

在宅医療に必要な要素(図1

在宅医療は、疾患の治療やケアの側面だけでなく、生活支援の要素を多分に有しています。むしろ生活を支援するために医療が存在するといっても過言ではありません。そのため私たちだけで対応できないことも多々あり、地域の多職種の力を十分に活用するためのネットワークづくりが重要と考えています。特に認知症者は、BPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)によって家族や近隣住民とトラブルを抱えている場合や、金銭や財産管理に支援が必要な場合など社会的な問題と不可分です。絡み合った問題を細分化し、それぞれの解決のための専門家や機関を活用し、本人の不利益にならないよう、中立性、透明性を十分に保って推進する必要があるため、その状況への深い理解、解決のための実行力や行動力、そして本人、家族、その他関係各者との合意形成能力が必要です。

図1. 在宅医療に必要な5要素(私見)
記事/インライン画像
図1. 在宅医療に必要な5要素(私見)

療養空間の安定化

在宅医療の中心となるのは、いかに療養空間を安定化させ、落ち着いた期間を長く過ごせるかという視点です。その際、症状の変化や、薬の使用によって起こり得ることを家族や各介護スタッフに事前に伝え、気になることがあればためらわずに医師に連絡が届くような関係性やチーム作りが重要です。
薬が服薬できているかはもちろん、できない理由のアセスメントを行う必要がありますが、アドヒアランスを低下させる要因には認知機能の低下、嚥下障害や多剤併用など多岐にわたります。本人だけでなく、家族や介護スタッフなどからも情報を収集し、その要因を絞り込んでいきます。また、肺炎球菌ワクチンやその他のワクチン接種や転倒予防、骨粗鬆症治療など予防的対応も計画的に実施していきます。地域のネットワークを十分に活用し、訪問薬剤師や訪問看護師、介護スタッフなどによるそれぞれの患者さんに適したチーム作りが求められます。

認知症とうつ、せん妄のコントロール(図2

地域における認知症ケアで重要なのは、うつ、せん妄のコントロールです。高齢期のうつは、元気がないといったいわゆる一般的なうつのイメージと異なり、身体症状に対する過剰な訴えや、大騒ぎをするなどの行動をすることがあります。介護施設でナースコールを頻回に押す、お金がないといったいわゆる貧困妄想を呈し、家族に何度も電話をするといった行動など一見するとうつには見えません。しかし、抗うつ薬が奏効することがあります。また、症状が短期間で出現し、一日の中で重症度が変化する意識障害であるせん妄もたびたび出くわします。高齢者のいわゆる激越型のうつやせん妄は家族への負担が大きく、在宅療養の継続を妨げる要因となり得ます。認知症との鑑別は必ずしも簡単ではなく、また症状が混在し複雑な精神症状となって現れることがありますが、症状を紐解き、改善可能なものを見極め、適切な治療とケアに導くことが必要です。

図2. 認知症・うつ・せん妄
(3D:Dementia, Depression, Delirium)の合併
記事/インライン画像
図2. 認知症・うつ・せん妄 (3D:Dementia, Depression, Delirium)の合併

合意形成

医療提供の方針に関して合意形成に努める必要があり、厚生労働省は、平成30年(2018年)に「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を改訂し発表しています。しかし、認知機能の低下があり、この合意形成についても困難なことがたびたびあります。また欠如しているのは、意思決定能力の全部ではなく、一部の場合が多く、説明された内容を理解できない、物事を自分のこととして捉えられない、合理的・論理的思考ができない、適切な意思表示ができないなどさまざまで、また日によって違うことがあります。一部の能力が欠如しているからといって何も決められないと判断することは適切ではなく、本人の意思や価値観、環境や文化的背景、金銭や人材、物品などの資源、残された時間などを勘案し、本人の意思を最優先に、本人にとって最善の方針をとることを基本とし、家族やケアスタッフなどと話し合いを重ねる必要があります。在宅医療で長い期間にわたって本人とコミュニケーションを重ねることで、本人の推定意思や価値観を把握することもできるようになります。
また、特に一人暮らしの認知症者の場合、救急搬送のプロセスや受け入れ病院を探す際に苦労することがあります。治療や入院生活に耐えられるか、精神症状があるか、医療費の支払いは可能か、家族と連絡が取れるか、取れない場合に誰が入院手続きをするのかなど懸念事項は多くあります。退院先についても、元の暮らしに戻れるのか、戻れない場合にはどこに行くのかなど新たな問題を抱えることとなります。そういった事態を避けるため、財産状況の整理や今後の見通しなどを本人、家族と話し合い、事前に検討し、いざというときに落ち着いて対応できるといいのですが、いまだに都度慌てているのが実情です。

おわりに

在宅医として患者宅を回っていると、自宅内での転倒や火事、財産を狙われるなどの危険、身体疾患以外の理由で在宅医療の継続ができないケースにしばしば出くわします。在宅医はできる限り本人の希望に沿った暮らしが継続できるよう動く必要があります。社会的支援は医療の範疇ではないともいえますが、医療とともにそれらの支援が有機的に繋がってこそ地域での高齢者の暮らしがあることを忘れてはいけないと考えています。

お問い合わせ

お問い合わせの内容ごとに
専用の窓口を設けております。

各種お問い合わせ

Dermado デルマド 皮膚科学領域のお役立ち会員サイト

医学賞 マルホ研究賞 | Master of Dermatology(Maruho)

マルホLink

Web会員サービス

ページトップへ