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maruho square 皮膚科クリニックの在宅医療奮闘記:介護の精神論


    • 小川皮フ科医院 院長 小川 純己 先生

    はじめに

    今回は、在宅医療と切っても切れない介護の話です。少子高齢化が進む中、介護は他人事ではありません。普段の皮膚科外来診療でも、高齢者の付き添いで家族が同伴し、その距離感が結構浮き彫りになることもあります。私自身の介護への取り組みを、制度的なこと、精神論的なことについて取り上げてみます。

    介護認定審査会

    私は地区医師会の仕事として、介護認定審査会に参加しています。保健・医療・福祉の学識経験者からなる審査会で、介護保険の申請に対し要介護度の審査を行います。審査の流れは、まず主治医からの意見書および調査員による状況調査をもとに、コンピュータが一次判定を行い、審査会ではその一次判定が妥当かの審査を行います()。
    介護度の物差しとして、1)障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)、2)認知症高齢者の日常生活自立度の2本の柱があります。「寝たきり度」は、自立して歩行外出できるか、介助者が必要か、車椅子移動か、寝たきりかを分類します。「認知症自立度」は、認知症状に対し自立しているか、見守り・注意が必要か、介護が必要か、その頻度などを分類します。状況調査の概況には、対象者が抱える問題点がリストアップされています。入院、施設入所から警察沙汰まで、介護に纏わるイベントは盛りだくさんあり、介護認定に込められる思いもそれぞれです。コロナ禍で外出機会がなくなり、筋力低下とともに内向的になり、デイサービスの再開を心待ちにしている被介護者。5mの独立歩行が困難になり、転倒を繰り返す被介護者のために、手すりなどを造設したいと希望する家族。審査会では主に介護の手間や今後の見通しや、福祉事務所の観点、介護施設の問題点、往診医師の困ったことなどを、各委員がそれぞれの経験、立場に則って意見を持ち寄り、判定や対応サービスの妥当性を評価します。
    普段の皮膚科往診、訪問診療では、皮膚の状態および当日のコンディションという断面でしか診察することができません。審査会への参加はその背景にある生活や介護の状況、家族の対応やその思いを理解する助けになっていると思っています。

    図. 介護保険サービス利用手順
    記事/インライン画像
    図. 介護保険サービス利用手順

    (介護予防・日常生活支援総合事業のサービス利用の流れ:厚生労働省 https://www.kaigokensaku.mhlw.go.jp/commentary/flow_synthesis.html)

    介護と在宅医療

    日経ビジネスのコラム『「親不孝介護」でいこう』はNPO法人となりのかいご代表理事の川内潤さんが書かれた介護の常識の話です。日常の常識や仕事の常識と大きく違う介護の常識を各界の介護経験者にインタビューする形式で解きほぐしています。医療法人社団悠翔会理事長・診療部長の佐々木淳先生の回では、「在宅医療は、介護のラストステージです。介護が始まって、医療的なものが必要になったときに看護が入って、さらに状況が難しくなってきたら、お医者さんに来てもらってと。それが在宅医療」という下りがありました。この場合は、看取りを含めた意味で在宅医療という言葉が使われ、介護保険制度から医療保険制度へという意味も含めて、ラストステージなのでしょう。
    皮膚科の在宅医療は、少し意味が異なるかもしれません。全身管理も含めたかかりつけ医として、在宅医療を全うできる皮膚科医は少数だと思います。現在の研修システムなら可能かもしれませんが、筆者の研修医時代は学生実習以外に内科、外科をローテーションする機会がありませんでした。しなければいけないことと、できることの間には、距離があると実感しています。実際の訪問診療は「今の生活機能を維持してこれ以上のQOL悪化を防ぐために隠れた小さな問題を多く見つけ、それを少しずつ安定させる」戦略を基に行われます1)。安定化できない皮膚の問題は皮膚科往診医が解決します。

    在宅医療での皮膚科

    皮膚科の治療では、外用およびスキンケアに重要な場面が多いです。塗らない薬は効かないので、塗り方を細かく指導し、各薬剤の効能やなぜ塗るのかをしっかり説明します。塗り方では、回数、量、範囲などの具体例を示しながら実演して提示します。
    1)直接塗布:finger tip unitは、示指の先端から第一関節部まで口径5mmのチューブから押し出された量(約0.5g)で、手のひら2枚分の面積を塗る外用使用料の目安を具体化した説明法です。手の大きさ、指の長さ、チューブの口径、軟膏の粘稠度などにより条件が異なるという批判はもっともですが、1つの目安として患者さんや家族に伝えやすく、愛用しています。外用量には結構個人差があります。量が少ないと薬効が出にくい、保湿・保護作用が発揮されないというデメリットがあり、多いと不快感を生じたり、てかりが気になったりします。中には「沢山塗った方が効くと思いました」、「何回も塗る方が効果が高い気がしました」と大量の外用剤を使う人もいますので、目安は重要です。本人が効き目を実感でき、不快感も生じない量、家族が安心して使える量、介護の現場で客観的に同質のサービスが達成できる量、これらの指標があるのは有り難いです。
    2)間接塗布(貼付法):褥瘡や浸出の多い病変ではガーゼに塗布して貼付することが多いです。深い褥瘡などの場合、欠損容積に合わせて立体的に外用することもあります。クリーム剤の目安は、ガーゼに3~5mmの厚さですが、流動しやすいのが難点です。ヨウ素軟膏の添付文書では、「潰瘍面を清拭後、通常1日1回、患部に約3mmの厚さで塗布する(直径4cmあたり3gを目安に塗布する)」と記載されています。簡易計算法としては「使用する軟膏の長さ(cm)=〔潰瘍の長径(cm)×短径(cm)〕÷4」2)があります。
    目安はあった方が良いという話ですが、在宅医療ではそれを強請するものではありません。デイサービスに外用剤を持参し、入浴後に外用してもらう利用者は多いですが、施設によって外用剤の減り方が大幅に違います。褥瘡の処置において、その差が顕著になる印象です。創面保護の重要性、チューブからの出しやすさ、利用者の性格、医療経済など色々な要因がありそうです。あまり使用方法を画一化しすぎても、在宅医療が堅苦しくなり継続が難しくなります。肩肘張らずに、できる範囲で、ゆるく長くがコツです。使いすぎの施設を笑い話にできるくらい余裕がある方が望ましいです。

    在宅皮膚科の精神論

    『「親不孝介護」でいこう』には、「介護は異常事態ではなく日常であって、本人がゆるやかに衰えていくのを支えていくプロセス」という表現があります。そのプロセスを下山に例え、「必ず、山は下らなければならない(中略)、下り坂は決してつらい道ではないんですよ。これから先の視界も楽しめるし、これまでの振り返りもできる。急いで行く必要もないから回り道しても良いし」。この境地に達するには修行が必要そうです。しかし、被介護者の視界を共に見つめ、そのプロセスを皆でそっと見守るのはとても大切なことです。
    皮膚科の疾患は、皮膚という身体の一番表面の臓器に異常が生じます。本人にとっては見える部分に病変が生じるため、今までのセルフイメージが変わってしまい、不安に陥ることがあります。特に顔面や腕など視界に入りやすい部分では深刻です。病変が見えるということは、介護者にとっても負担になります。いつまで経っても治らない、見ていて辛そうだが介入しても変化がない、ケアの仕方が間違っているのか、どんどん疑心暗鬼になります。ケアの負担だけがどんどん増えていくこともあります。残念ながら、かゆみを完璧に止める飲み薬も、ずっと乾燥肌でなくなる塗り薬も存在しません。本人の状況に寄り添いながら、服用できる剤形の飲み薬を可能な限り飲んでもらう、塗り薬の使い方に多寡があるなら、介護者の可能な範囲で適正な使用法の目安を提示する、それくらいしかできません。目標を設定し、それが達成できない場合は何が足りないかをリストアップし、次のアクションを再設定するようなサイクルは在宅医療では難しいです。できることがどんどん限定されてくるため、本人および介護者の負担にならない限りで設定し直していく、その繰り返しなのでしょう。肩肘張らずに、できる範囲で、ゆるく長くやっていきましょう。

    引用文献
    • 佐藤健太 : 「型」が身につくカルテの書き方.88-97, 医学書院, 2015
    • 岡田克之: 外用薬の特性に基づいた褥瘡外用療法のキホン.(宮地良樹編), 121-138, 南山堂, 2016

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