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maruho square 皮膚科クリニックの在宅医療奮闘記:皮膚科の在宅医療ことはじめ


    • 小川皮フ科医院 院長 小川 純己 先生

    自己紹介

    皆様、初めまして京都市の山科という地で開業しております、小川純己と申します。山科は京都市街地と滋賀県大津市に挟まれた半径2kmほどの小さな盆地です。ここで、皮膚科の日常診療の合間に皮膚科の在宅診療をしており、この連載では、私が経験した皮膚科の在宅診療でのお話をします。これから皮膚科在宅診療を始めたいと思っている方には、今後の道しるべとなれば幸いですし、現在在宅診療をなさっている方には、明日からの診療の励みになれば嬉しく思います。
    私は神奈川県で勤務していたことが多かったのですが、最初に赴任した市立病院では、路上生活者の診察をする機会が頻繁にありました。その中で、河原で自炊をしているうちに衣服に炎が燃え広がって、上肢に広範囲の熱傷を受傷した症例がありました。通常なら入院の上、植皮術が妥当だったのでしょうが、本人が頑なに入院を拒否するため、毎日午前診が終わった時間帯に患部の洗浄および包帯交換を施行していました。部長先生の創部管理がすばらしかったのか、その方の生命力がすごかったのか、熱傷なのにみるみる皮膚潰瘍は上皮化していきました。創傷治癒って不思議でおもしろいなと思った瞬間でした。
    市立病院では、褥瘡対策委員会が提唱される数年前から、皮膚科主導で院内の褥瘡回診をしていました。部長先生は他科の看護師との連携、指示の伝え方が具体的で、アセスメントとプランが明確でした。褥瘡をここまで因数分解できるのか、と目から鱗でした。また、退院後の往診フォローも、市立病院で経験することができました。回診での思い出深いエピソードがあります。部長先生はいつもニコニコしながら病棟回診されるのですが、病床で待っている患者さんも実に嬉しそうなのです。処置でその病室に残った私に、患者さんがこっそり「あの先生の笑顔が楽しみで私は長生きしているんじゃ」と耳打ちしてくれました。
    その数年後に部長として赴任した別の病院では、褥瘡対策委員としてチームで褥瘡に対峙する方法を学んでいきました。それは他職種の方の褥瘡に対する取り組みを実際に知ることができる貴重な経験でした。委員会ではDESIGN分類を皆で勉強して、病状の数値化、客観化に挑戦しました。
    私が在宅診療、とくに褥瘡治療に興味を持ったのは、①創傷治癒の実際、②病院からの往診業務、③チーム医療としての褥瘡対策委員会、に携わったことが大きいと考えます。
    2010年から山科で承継開業しました。近隣の皮膚科では在宅医療されていないようだったので、代替わりの新機軸の一つとして、在宅医療に参入することにしました。身内の福祉事務所のケアマネジャーから情報を仕入れ、地区医師会や基幹病院の病診連携室に当院に受け皿があることを告知しました。最初はなかなか反応がありませんでしたが、1年くらいたって、特別養護老人ホームから依頼が来るようになりました。
    現在は、京都皮膚科医会で在宅診療の理事をやっています。

    皮膚科の在宅医療って、何をするのでしょう?

    まず質問です。往診と在宅診療は何が違うでしょうか。同じような言葉ですが、保険診療の取り扱いは異なります。
    「往診」とは、突発的な症状の変化に対し、困ったときの臨時の手段という位置づけです(表1)。
    これに対し、「訪問診療」とは1~2週間に1回、定期的かつ計画的に訪問し、診療、治療、処方、療養相談、指導を行う業務です(表2)。
    よくあるのが、患家の求めに応じて往診を行い、以後、フォローを訪問診療として定期的に行う、というパターンです。
    往診、訪問診療の対象となるのは、原則的に「在宅(施設)で療養を行っている患者であって、疾病、傷病のために通院による療養が困難な者」となっていますが、困難の具合は主治医の判断で良いようです。
    往診料、在宅患者訪問診療料は、初診料や再診料と同時に算定できるのですが、とくに在宅患者訪問診療料は縛りが多く、また、項目が細分化されているため、解釈、請求が煩雑で難解です。このあたりは、在宅医療参入の大きな足かせになっています。ここは、何回かに分けて詳しく説明する予定です。
    患者の居宅、施設にいって診察、治療を行うことが、往診、訪問診療、すなわち広義の在宅医療であると、いったん理解しておきましょう。
    次に、皮膚科の在宅医療で、何を診るのでしょうか。ゴールはどこでしょうか。通常、病院の診療だと、皮膚のトラブルが解消するまでフォローするのが普通です。もちろん、在宅医療でもトラブルが解消できるならそれに越したことはないですが、なかなか改善せず長引くこともよくあります。
    皮膚科の在宅医療では、退院時直後より皮膚科介入というケースはそれほど多くありません。大概、在宅中に皮膚トラブルが発生し、「なかなか改善しない。専門医に診てほしい」という院内対診依頼のようなケースがほとんどです。であれば、相談に対するアドバイス的な業務が主になります。ただし、相談の発生源は医師とは限りませんので、職種にあわせた指示が必要です。もちろん、介護者、家族に対しても細かな指示、注意点が必要になります。
    1回の指示で改善が見られない場合、あるいは早期褥瘡で急速増悪の危険性がある場合、血液検査などで精査しないと診断がつかない場合など、再診が必要な場合ももちろんあります。急変が起こった場合に病院などの受け入れ先があるかなどが、在宅医療の難しい点かもしれません。しかし、基本的には看取りのような、24時間呼び出しがかかる事態はまず起こりません。

    表1. 往診
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    表1. 往診

    令和4年 診療報酬点数表より作成

    表2. 訪問診療
    記事/インライン画像
    表2. 訪問診療

    令和4年 診療報酬点数表より作成

    在宅診療の意味 現在、過去、未来

    かつて、日本人の看取りといえば、自宅が中心でした。1960年には自宅での看取りの割合は約70%でした。それから約15年後の1976年には、病院などの医療機関で死亡される割合が、自宅での看取りを超えてしまいます。2015年現在では死亡者の80%近くが医療機関で亡くなっています。
    また、高齢化社会に伴い、年間の死亡者数も増加傾向となっており、医療機関だけで看取りをカバーするのは難しい時代になっています。看取り以外にも、なるべく自宅で生活を送りたいという価値観が増えてきており、国の医療・介護政策も多様性に対応したものへと変換しています。
    在宅専門の診療所も増加傾向ですが、一般医による横断的な診療が主体となっています。近い未来、在宅での安心で住み慣れた生活を継続するためには、多様性に対応した医療が必要になってきます。中でも皮膚トラブルは、患者自身も、介護者や、在宅生活に関与する関係者も、普段から最も目にする症状です。痛み、かゆみは、本人にしか分からない症状ですが、生活の質を下げる重要因子です。本人の悩み、苦しみを軽減し、介護者、関係者にその方向性を提示するためにも、在宅医療で皮膚科医が果たす役割は決して小さいものではありません。

    おわりに

    能の『景清』は、平家方武将の悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)が、隠遁後に娘と再会するお話です。「昔忘れぬ物語 衰へ果てて心さへ 乱れけるぞや恥ずかしや この世はとても幾程の 命のつらさ末近し」親子の悲しい別れで幕を閉じる『景清』ですが、21世紀の在宅医療は違った方向性を打ち出したいものです。

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