昭和万葉俳句前書集
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連日の空襲により、ついに飛行場を撤退したわが部隊、航空通信師団は、水戸市郊外の山林に陣地を構築し、敵の鹿島灘上陸に備えつつあったここに過ごし、終戦の日を迎えた。の後の解説で敗戦を知り、一時に涙があふれ出た。グラマン機の空襲を受けた後だけに悔し涙と、ほっとした涙と一緒だった。海軍特攻隊が戦争続行の「アジ」※に走り回っていた※アジテーションから帰校して、明日から二期の教育が始まると言う時、上毛三山の見える炎天下の営庭で第一装、完全武装で敗戦の詔を聴いていた。日夜半の空襲で市街は広範囲に焼失。焼け残りの鉱石ラジオで玉音を受信したが殆ど聴きとることはできなかった。す。汗の壕なほ掘るいのち燃やしつつ終戦や一刻ほっと家思うまけいくさ貴様らのせいと抜刀す秋陽燃ゆわが街も燃えいくさ果つ終戦を知らぬ裸の子の笑顔私は、その一兵員として、汗の日々を 東京都渋谷の日赤産院に卒業後勤めておりました。日一日と激しくなる情勢の中で、勝利を 千葉の空襲で持家のすべてを焼かれ、千葉市園生町の妻の里へ身を寄せ、日立航空機へ通勤 埼玉県熊谷市の飛行機工場の事務員で、祖国の勝利を疑わない日々を送っていた八月十四 前橋市の相馬が原にある陸軍予備士官で、特甲幹の一期の教育が終了、長野市での見習勤務 栃木県芦野町声野小学校に二個中隊駐屯、終戦を迎える。玉音はよく分からなかったが、そ

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